米大統領選挙の決着がつかない。トランプ大統領が票の数え直しや法廷闘争に言及しており、最終決着には時間がかかりそうだ。ただし、米国政治と日米関係に詳しい川上高司・拓殖大学教授は「どちらが勝っても日本にとっては茨の道」と見込み。それは、なぜか。この回ではバイデン氏が勝利した場合を考える。
(聞き手:森 永輔)
「日本を待ついばらの道、トランプ勝利なら米朝関係正常化も」はこちら
バイデン氏が勝利すれば、ウィルソン主義の勝利となるのだが……(写真:AFP/アフロ)
民主党のジョー・バイデン前副大統領が勝利した場合、その勝因はどこにあると言えそうですか。
川上:米国の良識派が力を発揮したということだと思います。米国には2つの顔があります。1つは、自由と民主主義、そして人権と国際協調と理念とするウィルソン主義の顔。もう1つは、白人を中心とする神の国をつくるというジャクソン主義の顔です。後者は米国内の平和と繁栄を優先する考えにつながります。
川上 高司(かわかみ・たかし)氏
拓殖大学教授
1955年熊本県生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。(写真:大槻純一)
力を伴わなければ理想は実現できない
2つの顔の強弱は定期的に変化しており、どちらかが強く出ることでその時々の米国、米政権を性格づけてきました。しかし今は両者が同時に表れている。前者のウィルソン主義勢力の象徴と位置づけられるのがバイデン氏、後者の象徴であるのがトランプ大統領です。
2016年の大統領選に続いて今回も存在感を発揮している「隠れトランプ」*の向こうをはるわけではないでしょうが、「隠れバイデン」が声を上げた面もあるでしょう。政策においてトランプ大統領を支持する人の中にも、同大統領の政治手法に嫌気が差した人がいると思います。史上、最も米国らしくない大統領であるトランプ氏の、強権的な政治手法に対する怒りが、バイデン氏の得票に投影された。
*:ここではQアノンなど「米国はディープステート(影の政府)に支配されている」「オバマ前大統領がクーデターを企てている」といった極右の陰謀論を信じる人々を指す。トランプ大統領をこれらの陰謀と戦う英雄として支持している
米国の分裂を象徴しているのですね。テレビ討論会において、バイデン氏が「統一」を強調していたのが印象的でした。
川上:バイデン氏は分裂を修復し、統一に向かうことを重視する。これは米大統領の伝統的な姿勢です。一方、トランプ大統領は分裂を修復する気はなく、分裂を前提に、自分を支持する層にアピールし、この層に報いる政治を志向していると言えるでしょう。
ただし、バイデン氏が勝利してウィルソン主義に基づく美しい理想を追っても、その実現は容易ではないでしょう。国内では、Qアノンをはじめとするトランプ支持者が暴動に及ぶ事態が予想されます。国際問題でも米国の地盤沈下が進んでおり、これを巻き戻すのは困難です。国連では、中国が分担金の負担を拡大するとともに、主要なポストの数を増やしています。
トランプ政権を嫌って近寄らなかった政界のエキスパートがバイデン政権に戻ってくると思います。彼ら・彼女らはいま米シンクタンクで身を潜めている。米国のベスト&ブライテストの人材ですね。これはバイデン政権に安心と安定をもたらすでしょう。それでも、理想への道は決して平たんではないと考えます。
米国の対中融和は、日本にとってもよいとは限らない
バイデン氏が抱く理想は、中国の台頭を早めることにつながるでしょう。中国は国内で新型コロナ危機を収束させ、7~9月期にはGDP(国内総生産)を前年同期比4.7%増と回復させました。バイデン氏が自由貿易と国際協調の旗を振り、中国に科す制裁関税を取り払い、米中貿易を拡大させれば、それだけ中国の成長が加速し力を付けさせることになります。
民主党はその綱領で、対中制裁関税を見直すと既にうたっていますね。「自己破壊につながる一方的な関税戦争に訴えたり、新冷戦のわなに陥ったりすることなしに、行動を是正するよう中国に訴えていく。自滅的な関税戦争などの誤った手法は、中国の力を実際より大きく見せ、米国の政策を必要以上に軍事に偏らせ、米国の労働者に害をなすだけだ」(関連記事「副大統領候補の討論、ハリス氏の勇み足なく波乱なき土俵」)
川上:貿易面での融和姿勢は、安全保障面での融和にも徐々に波及するでしょう。両国間で信頼が醸成されていきますから。また、バイデン氏の目はもともとアジアより欧州に向いています。中国の脅威よりロシアの脅威を重視し、欧州との関係修復を優先する可能性もあります。
民主党内の左バネも、安全保障面における対中政策に影響が及びます。バイデン氏は民主党の大統領候補を決める予備選で、バーニー・サンダース氏と競いました。その結果、民主党左派との分裂を避けるべく、大型インフラ投資や環境投資などリベラル色の強い政策を打ち出すものとみられます。
バイデン氏はトランプ大統領との論戦でも、「バイデンプラン」と呼ぶ事実上の「グリーン・ニューディール」に取り組むことを強調しました。
川上:そうですね。国内大型投資の拡大は、軍に向ける予算の縮小を促します。中国との融和とあいまって、日本にとって憂慮すべき材料です。
台湾への国家安全維持法を押しつけも
バイデン氏の台湾への姿勢はどのようなものになりますか。トランプ大統領は武器の売却を進めるなど、親台湾の姿勢を強めています。
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