「友好」のカギ、安全保障上の「脅威」と「技術・資本」

日中両国が良好な関係にあったときに共通する要因は何でしょうか。

梶谷氏:中国側の事情を整理すると大きく2つあります。1つは中国側が経済成長を重視していること。換言すれば、日本が持つ資本と技術を必要としていること。もう1つは、中国の政治が日中関係の進展を邪魔しない状況にあることです。後者を言い換えると、中国政府が「国際情勢をにらみ、日本と良好な関係にあることは国益にかなう」と判断していること、となります。

 72年の国交正常化に始まる70年代は、この第2の要因である政治の事情が大きく作用しました。中国が当時対立していたソ連(当時)に対して抱く警戒感が日中関係の改善を後押ししたのです。もちろん、72年にニクソン米大統領が訪中して以降の米国との関係改善もこの文脈の上にあります。他方、改革開放政策が始まって以降の80年代の良好な関係は、第1の要因である中国の経済成長重視がドライバーとなりました。

 経済と政治の条件に加えて、中国のナショナリズムも日中関係に影響を及ぼしてきました。国交正常化を宣言する72年の日中共同声明で中国は「日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する」と宣言しました。ただし、毛沢東と周恩来2人による判断に近いもので、国民の間には不満が残りました。

 鄧小平時代は、この不満に起因するナショナリズムを政権が抑えることができました。しかし、江沢民時代と胡錦濤時代はこれが難しくなった。このため反日デモなどが多発するようになったのです。2001年には小泉純一郎首相(当時)の靖国神社公式参拝に怒って、04年には日本の国連安保理常任理事国入りに反対して。そして05年には四川省成都でイトーヨーカドーが襲撃され窓ガラスが割られるなどの事態が起きました。

米中対立において、日本は米国陣営であることを鮮明に

現在は政治面においても経済面においても、友好を後押しする要因はありませんね。

梶谷氏:そう思います。1970年代および80年代の蜜月の再来を考えることは現実的ではありません。2010年代半ばまでは相互補完的だった日中の製造業の関係は、中国の技術向上により、ライバル関係の色彩が濃くなってきました。

中国は15年に「中国製造2025」を打ち出しました。10の重点分野と23の品目を選び、25年までに「世界の製造強国の仲間入り」を果たすとの目標を掲げています。ライバル関係は今後さらに激しさを増す方向にあります。

梶谷氏:さらに、現在の日中関係が芳しくないのは、米中対立に原因があります。日本は外交政策において、米国と協調する姿勢を強めています。天安門事件のころまでは、米国の要求を受け流し独自の方針を取ることができましたが、今はそれが難しくなっています。

天安門事件の後、国際社会から孤立した中国に最も早く手を差し伸べたのは日本でした。主要7カ国(G7)による制裁には消極的でしたし、事件から1年後には、事実上凍結していた第3次円借款を再開しました。

梶谷氏:当時と異なり、現在の日本は米国の要請を受け流すことが難しい状況です。安全保障面において中国の脅威が増し、「米国との同盟を重視すべきだ」との意識が日本で高まっているからです。

菅義偉首相(当時)が21年4月に訪米し、ジョー・バイデン大統領と首脳会談した際、「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する」と言及したのは大きな注目を集めました。

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