李登輝の「国連再加盟」「司馬遼太郎との対談」を警戒

 台湾の姿勢を、中国との敵対から共存に転換したのは、蒋経国の死去を受けて1988年に総統に就任した李登輝(国民党)でした。台湾の民主化を進めた人物として有名です。李登輝は1991年に動員戡乱時期臨時条款を廃止し、中国共産党を「反乱団体」と見なすのをやめた。さらに、国家統一綱領を同年に定め、「統一」を国家目標に据えたのです。

李登輝は、いまお話しいただいたように、中国との共存政策を進めました。それなのになぜ、中国の江沢民政権は李登輝を独立派と見なし、ミサイル発射に至るまで威嚇の度を高めたのでしょう。

小笠原:1991年ごろまでの李登輝の姿勢は中国にとって許容可能でした。しかし、1993年ごろ、権力を完全に掌握すると、李登輝の「台湾アイデンティティー」の考えが表れ始めたのです。

 彼の考え方の一端が、司馬遼太郎と1994年に行った対談に表れています。

私も読んで、以下の部分にははっとさせられました。

「いままでの台湾の権力を握ってきたのは、全部外来政権でした」
「民主化を徹底的にやれば、国民党・共産党の指導者による話し合いで国を決めていくということが不可能になる」

小笠原:李登輝は具体的には、国際政治の場における台湾の生存空間を広げるべく、積極外交を展開しました。1989年には、初の外遊として、シンガポールを訪問しています。

司馬遼太郎との対談でも「東南アジア三カ国を回っただけではなく、私はまだまだ行きますよ。おそらく世界がアッと驚く国にも行きます」と語りました。

小笠原:台湾は70年代以降、日本や米国との国交を喪失。中国の国連加盟を受けて、1971年に国連から退出することになりました。李登輝はこの外交敗北からの巻き返しを図った。日本とも、正式な外交関係はないものの、関係を深めようとしました。これらの行動は、中国が積み上げてきた台湾を孤立させる努力を無にする行為です。

 李登輝はさらに国連に再加盟する運動を展開しました。これは、中国からみれば「二つの中国」もしくは「台湾独立」を目指す動きです。中国は一気に警戒を強めました。

李登輝が展開した「二国論」、すなわち、中台関係は「国家と国家の関係。少なくとも特殊な国と国の関係」と位置づける主張も、中国が警戒した理由でしょうか。

小笠原:おっしゃるとおりです。

台湾は「国家」であると主張すると、中国は受け入れられないですね。

小笠原:李登輝は「二国論」を中国と論争するために出したのではありませんでした。台湾の中華民国の位置づけを明確にするために「二国論」を主張したのです。当時の李登輝にとって、足元をまとめることの方が喫緊の課題でした。

 台湾はもともと、まとまりづらい人口構成を持っています。まず、原住民、閩南系本省人、客家系本省人、外省人の4つのエスニシティーが存在する。閩南系本省人は福建省南部から移民した人々の末裔(まつえい)、客家系本省人は広東省から移民してきた人々の末裔を指します。外省人は、1949年に蒋介石とともに台湾に渡ってきた人々の末裔ですね。そして、この4つのエスニシティーが漢民族*vs原住民、本省人vs外省人、閩南系vs客家系という3つの軸で対抗する関係にあるのです。

*:外省人、閩南系本省人、客家系本省人の集合でいずれも漢民族

 李登輝はこの状態を緩和し、台湾の一体感を高めるため、すべてのエスニック・グループが共有できるアイデンティティーを打ち立てる必要がある、との信念を抱いていました。それが「中華民国在台湾」です。これは、中華民国が民主化して、台湾に存在している、という意味。この枠組みを使って、統一も独立もしない、という政治的立場を取ります。「二国論」は、この考えを理論化して1999年に発表したものです。

 「中華民国在台湾」の背景に「台湾アイデンティティー」があります。台湾を重視する、「台湾は台湾」「台湾は中国とは別」との考えです。中台関係については「現状維持」が基本で、統一に反対すると同時に、独立には慎重な姿勢を取ります。

台湾民衆の自己認識2021年上
台湾民衆の自己認識2021年上
出所)国立政治大学選挙研究センター
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 海外からみれば、「二国論」は当たり前のことを言っているだけです。「中華人民共和国が中国大陸を統治している。中華民国は台湾を統治している。両岸にはこの2つの国家がある」ということですから。とはいえ、中国にとって二国論は許せるものではありません。中国共産党の論理で測ると、これは分離独立ということになるのです。よって、このときも中国は軍事演習を実施して台湾に圧力をかけました。

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