20年前の2001年9月11日。米ニューヨークで同時多発テロが起きた。これがアフガニスタンでの20年に及ぶ戦争の引き金となった。そして米軍のアフガン撤退は、軍事面だけでなく、米国が信じる信念の敗北をもたらした。「米国は神の国」「プロテスタンティズムに基づく米国流の民主主義を世界に広めることが世界を平和にする」との信念だ。この信念の敗北は、アジアにおける米国のプレゼンス縮小、果ては、中国への覇権交代をもたらす恐れがある。拓殖大学の川上高司教授に聞いた。

(聞き手:森 永輔)

(写真:ロイター/アフロ)
(写真:ロイター/アフロ)

20年前の2001年9月11日。米ニューヨークで同時多発テロが起きました。国際テロ組織アルカイダがハイジャックした複数の旅客機が世界貿易センターなどに激突。およそ3000人が犠牲となる大惨事となりました。この「9.11」はその後の米国政治と国際社会に対して、どのような意味を持つのでしょうか。

川上高司拓殖大学教授(以下、川上):まず米国政治において、私は、米外交政策の4大潮流の1つである「ウィルソン主義」の終わりの始まりだったと考えます。国際社会においては、今後、米国から中国への覇権交代の始まりだったと位置づけることになるかもしれません。

(図:川上高司氏作成)
(図:川上高司氏作成)
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冷戦勝利は、「神の国」の勝利

ウィルソン主義とはどのような考えですか。

川上:米国流の民主主義を世界に流布し、世界を平和にする、という考えです。この「米国流」の部分に大きな意味があります。「米国流の民主主義」の底流にプロテスタンティズムがある。聖書に登場する「丘の上の街」のような神の意志にかなった社会を形成することが、英国の植民地だった米国に移住する者の使命。それを実現することで至福がもたらされる、と考えます。この米国流の民主主義がもたらす平和が「パクス・デモクラティカ」です。

<span class="fontBold">川上 高司(かわかみ・たかし)氏</span><br />拓殖大学教授<br />1955年熊本県生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。(写真:加藤 康、以下同)
川上 高司(かわかみ・たかし)氏
拓殖大学教授
1955年熊本県生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。(写真:加藤 康、以下同)

 ウィルソン主義との名称は、ウッドロー・ウィルソン米大統領(当時)にちなみます。第1次大戦後、国際連盟の設立に貢献した人物として著名です。

 共産主義を報じるソ連(当時)に冷戦で勝利した1990年代の米国は、世界で唯一の“帝国”となりました。チャレンジする国は1つもありません。この状況を米国は「米国流の民主主義が勝利」して生み出したパクス・デモクラティカと評価しました。

 この唯一の“帝国”に挑戦するゲームチェンジャーとなったのがアルカイダで、具体的には9.11で米国を攻撃しました。

太平洋と大西洋に挟まれた巨大な“島国”で、周囲に拮抗する国が存在しない米国はそれまで、それこそ神が恵んだ平和を享受していました。戦争に参加しても、真珠湾攻撃はあったものの本土が大規模に攻撃されたことはありません。その米国をアルカイダが襲った。

川上:当時のジョージ.W.ブッシュ米大統領はこの攻撃を「異教徒が『丘の上の街』を攻撃した」ととらえました。同大統領はキリスト教を強く意識しています。神の国を守る行動を取ると決断し、9.11を首謀したアルカイダをかくまっているとされるイスラム主義組織タリバンが治めるアフガニスタンに侵攻しました。

 ブッシュ大統領はこの侵攻を現代の十字軍と位置づけました。宗教戦争だと考えたのです。しかし、米国内にもイスラム教徒がおり、このように位置づけるのは政治的に適切ではありません。そこで、「民主主義を守る」という表現に変え、ウィルソン主義を錦の御旗にしてアフガニスタンでの戦争を進めました。

 ウィルソン主義を奉じると、アフガニスタンに米国流の民主主義を導入する、という行動がこれに続きます。「ネーション・ビルディング(nation building)」と呼ばれる行いです。アフガニスタンをテロの温床にしないためには、米国流の民主主義を導入する必要がある、という考えもありました。

2001年のこの頃に、米外交がウィルソン主義路線を取ったのは、宗教色が強いブッシュ氏が大統領だったからでしょうか。それとも、米国の世論そのものがウィルソン主義の“正しさ”を信じていたからでしょうか。

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