台湾経済は中国に強く依存している

中国による統一の拒否は台湾社会のコンセンサスですが、一方で、台湾経済は中国に深く依存しています。

川上:はい。この太い経済・ビジネス上のつながりは、中国による台湾の取り込み策のチャネルとなってきました。

 台湾は1960年代末ごろから急速な工業化を遂げました。そのエンジンとなったのは、労働集約的な製品の米国向け輸出でした。しかし1980年代後半に、台湾ドルの為替レートが大幅に上昇したため、1990年代以降、対中投資が拡大しました。膨大な数の台湾企業が、中国に工場を移し、輸出拠点として活用するようになったのです。

 この動きは、まだ貧しかった中国にとって、雇用と外貨をもたらす非常にありがたいものでした。各地の地方政府はさまざまな優遇措置を講じ、もろ手を挙げて台湾からの投資を歓迎しました。

この頃の台湾は二国論*を展開した李登輝(国民党)、次いで台湾独立路線を取る陳水扁(民進党)が政権を担っていた時期です。「台湾アイデンティティー」が強まった時期ですね。

*=李登輝は1999年、中国と台湾の関係は「少なくとも特殊な国と国の関係と位置づけられる」との見解を示した

 一方、中国は2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟した頃から、経済大国としての存在感を急速に高めました。

川上:はい。中国経済の急成長によって、台湾経済は中国に強く依存するようになりました。台湾企業にとって、中国は輸出向けの「生産拠点」としてだけではなく、「市場」としても重要になったのです。中国の重要性が高まったことで、この時期には、「統一は嫌だけれども、対中関係は円満にやっていきたい」「中国とうまくやっていくことが台湾の平和と繁栄につながる」という認識が、人々の間にも広がりました。

(写真:加藤康)
(写真:加藤康)

 実は、陳水扁政権期(2000~2008年)の対中関係は、政治的には強く冷え込みましたが、経済面では急速な一体化が進んだのです。貿易に目を向けると、台湾の輸出額に占める中国向け(香港を含む)の比率は、2001年の27%から2008年には39%にまで上昇しました。ちなみに2020年は43.9%(香港を含む)でした。

 1990年代にいち早く中国に進出したのは中小企業でしたが、2000年代になると、台湾の代表的な製造業企業のほとんどが、中国に大型の生産拠点を置くようになりました。その代表例である鴻海(ホンハイ)精密工業は、1990年代から中国各地に進出し、iPhoneやiPadなどアップル製品や関連部品の製造拠点を多数設立しました。

 中国が市場として重要になってからは、食品業やサービス業などでも盛んに投資が行われ、中国市場で成功する台湾企業も次々に現れました。

 こうした経済面での一体化が、2008年の馬英九(国民党)政権の誕生を後押ししました。同政権は「1992年コンセンサス」*を足がかりに中国との対話を再開しました。これによって中国との経済関係は新たな段階に入りました。

*=中国と台湾の窓口機関が「1つの中国」について口頭で認め合った、とされる合意。「1つの中国」は中国大陸と台湾が中国に属する、との意味