台湾が、中国経済に依存する度合いは非常に高い。中国はこの環境をてこに、ビジネスと経済を通じた統一戦線工作を展開してきた。例えば胡錦濤政権は、台湾に経済的利益を譲り、恩恵を与える「恵台政策」を推進。台湾に観光客を積極的に送り出し、台湾産農産物の関税引き下げ、輸入を振興した。そして、場合によってはこの恩恵を取り上げる。その実像を、川上桃子・日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター長に聞いた。
(聞き手:森 永輔)

日本で最近、台湾有事が話題に上る機会が増えています。台湾の人々も同様に危機意識を高めているのでしょうか。

日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 地域研究センター長。専門は台湾研究、台湾を中心とする東アジアの産業発展。主な編著書に「中台関係のダイナミズムと台湾」(川上桃子・松本はる香編)「中国ファクターの政治社会学」(川上桃子・呉介民編)など (写真:加藤康、以下同)
川上桃子・日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 地域研究センター長(以下、川上):台湾海峡をめぐる国際的な緊張が高まっている、中国による軍事的な威嚇のレベルが上がっている、ということは、台湾の人々もむろん、強く意識しています。とはいえ、日常生活に大きな変化を与えるほどではないと思います。台湾の人たちにとって、この緊張は所与のものなのです。台湾と中国はこれまでも、長年にわたって、緊張の度合いを高めたり低めたりを繰り返してきましたから。
「台湾の平和的統一を目指すが、武力行使のオプションは決して放棄しない」という中国の姿勢は、大きく捉えれば、1979年に中国共産党が台湾の武力解放路線から祖国平和統一路線にかじを切って以降、変わっていません。
しかし今回は、台湾海峡の情勢に、国際的な関心が強く集まっています。国際社会が感じている緊張の度合いは、1995~96年の台湾海峡危機のときと同じくらい高いと言えるでしょう。
台湾が初めて、民主的な総統選挙を実施したときですね。中国は、「独立派」とみなす李登輝(国民党)総統の力を弱めようと、ミサイルを発射したり、着上陸戦の演習を実施したりしました。李登輝総統が1995年に訪米したのを「独立国であるかのように振る舞っている」として、中国政府が警戒感を高めたことが背景にありました。
国際的に関心が高まっている背景には何があるのでしょう。
川上:1つには、中国の軍事力がこの間、格段に強くなっているからです。
中国は国防予算を1990年から2020年までの30年間に約44倍に拡大させました。
川上:加えて、地政学の面でも地経学の面でも台湾の重要性が高まっています。習近平(シー・ジンピン)政権が専制主義的な性格を強め、米中対立が先鋭化する中、1990年代以降、民主主義を実践してきた台湾が持つ地政学的な意味は大きく高まっています。
地経学上の重要性は半導体産業において顕著です。世界のファウンドリー(ウエハー受託加工)産業における台湾のシェアは75%。中でも台湾積体電路製造(TSMC)の存在感は圧倒的で、同53%に及びます。台湾がロジック半導体のサプライチェーンにおいてチョークポイントになっているわけです。台湾周辺で軍事紛争が起これば、このサプライチェーンが寸断されることになりかねません。
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