香港への強硬姿勢の背景に何があるのか。中国研究の重鎮である天児慧・早稲田大学名誉教授は、海外経験に乏しく「皇帝による統治」しか思い描けない習近平国家主席の思考にあると見る。台湾に対しても同様で、「皇帝による統治」で統一は進まない。いま「同政権に必要なのはk『正・反・合』による弁証法に基づく新思考だ」(同教授)

(聞き手:森 永輔)

(前編はこちら

ここから香港問題と台湾問題について順にお伺いします。

 政権の基盤を盤石にし、国民からの支持も得た習近平(シー・ジンピン)国家主席が、香港に対して強硬な姿勢を続けるのはなぜでしょう。

天児:香港が反共産党の拠点になるのを恐れているからでしょう。

<span class="fontBold">天児 慧(あまこ・さとし)</span><br>早稲田大学名誉教授<br>アジア共創塾塾長 専門は中国政治とアジア現代史。社会学博士。1947年生まれ。早稲田大学を卒業し、一橋大学大学院博士課程修了。外務省専門調査員として在北京日本大使館に勤務した経験を持つ。近著に『証言 戦後日中関係秘史』(岩波書店)など。(撮影:菊池くらげ、以下同)
天児 慧(あまこ・さとし)
早稲田大学名誉教授
アジア共創塾塾長 専門は中国政治とアジア現代史。社会学博士。1947年生まれ。早稲田大学を卒業し、一橋大学大学院博士課程修了。外務省専門調査員として在北京日本大使館に勤務した経験を持つ。近著に『証言 戦後日中関係秘史』(岩波書店)など。(撮影:菊池くらげ、以下同)

 習近平国家主席は一国二制度の体制を是としています。ただし、これは親中国共産党の勢力が香港を安定的に統治している、という前提条件付きです。香港の議会に当たる立法会の選挙で、総議席70のうち35を「功能界別」という業界別議員に割り当てているのは、親中派が大勢を維持するための仕組みです。業界別議員には、中国政府との関係が深い議員が多くいます。

香港民主派の台頭はカラー革命と同じ、背後に米国の影

天児:最近、この「前提条件」が崩れてきました。2019年10月には香港政府が、逃亡犯条例の改正案を撤回せざるを得ない状況に追い込まれました。中国本土の捜査当局が香港に対して、犯罪事件の容疑者の身柄引き渡しを要求できるようにする法案でした。撤回に至るまで香港では4カ月以上にわたって反政府デモが展開されました。

 翌11月には、香港区議会(地方議会)の選挙で民主派が全452議席の85%を得て圧勝しました。前回選挙での獲得議席は約3割だったので大躍進を遂げたことになります。区議会は、行政長官選挙においても、小さいものの発言権を有します。1200人の選挙委員による間接選挙において、117人の選挙委員を出すことができます。

 加えて、香港において独立派が、特に若者の間で勢いを増しています。習近平政権はこれが中国版のカラー革命に発展することを恐れています。

カラー革命は、かつてソ連を構成した国々で独裁政権を打倒すべく起きた民主化運動ですね。ジョージア(グルジア)のバラ革命やウクライナのオレンジ革命が広く知られています。

天児:プーチン政権がこの民主化運動の背後に欧米の支援を見たのと同様に、習近平国家主席は香港での独立派の台頭を米国や英国が支援していると見ているのです。

 そして「この動きをいま力で押し潰さなければ、こちらが食い潰される」「林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が率いる香港政府にはもう任せておけない」と考えたのだと思います。それが、香港国家安全維持法の制定・施行につながりました。

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