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東京大学の松田康博教授は「台湾有事について、 あらゆる事態を想定して関係国・地域との戦略対話を進める必要がある」と説く。 仮に台湾有事に米国が介入し、日本が後方支援する状況になった場合、 誰がこの紛争に終止符を打つのか。 澎湖諸島が中国に占領された状態にあれば、台湾は紛争を終わらせたがらない。 仮に尖閣諸島を奪取されたら、日本が紛争を終わらせるわけにはいかなくなる。
(聞き手:森 永輔)
「台湾有事において、日本の領土・領海が戦場になる」という点をもう少し詳しく教えていただけませんか。

松田康博・東京大学教授(以下、松田):台湾では、「中国が台湾を攻撃した場合、米軍が来援するまで最低3日間は持ちこたえなければならない」とよく言います。冷戦期に、日本で「米軍が来援するまでの2週間、自衛隊は持ちこたえなければならない」と言っていたのと同じです。
でも、この意味をよく考えてください。在沖米軍が台湾に駆けつけるのに3日もかかりますか。日本有事の場合は、日本国内に米軍基地があるのに2週間かかると言われたのはなぜですか。
答えは簡単です。国際法や国際政治上の制約を度外視して、純粋に軍事的観点で考えると、中国の対台湾武力統一作戦の緒戦で、日本国内の米軍基地や自衛隊の基地・駐屯地が攻撃を受けて破壊されているはずなのです。台湾を取るのに、すぐ横に大量の「敵軍」が存在しているのを中国が放置することなどあり得ませんから。台湾有事ならハワイやグアムから駆けつけるまで3日かかり、冷戦期の日本有事なら米本土から極東まで駆けつけるのに2週間かかるということなのです。
航空自衛隊の基地は“事実上の丸裸”
日本国内の米軍基地や自衛隊の基地・駐屯地への攻撃は日本有事そのものであり、武力攻撃事態ですから、当然日本には自衛権を行使して米国と共に反撃する権利があります。ところが、それは実力に裏付けられていなければ難しいのです。
例えば、日本の航空自衛隊の基地は弾道ミサイル攻撃に対して抗たん性が低く、“事実上の丸裸”状態にあります。戦闘機などが掩体(えんたい)で覆われ守られている航空自衛隊の基地は千歳、三沢、小松などほんの一部にとどまります。世界の主要空軍が当然取っている措置を日本の自衛隊は放置してきたのです。中国が九州や沖縄の基地を弾道ミサイルで攻撃したら、簡単に航空戦力を壊滅させられます。中国は「これなら台湾攻撃が楽になる」と思いかねません。
自衛隊は限られた予算を正面装備に充ててきました。このため、掩体だけでなく、弾薬や燃料の備蓄にも懸念があります。仮に台湾有事が起きて、米海軍が空母機動部隊3個程度を台湾周辺で活動させれば、日本の自衛隊が1年間の訓練で消費する量の何倍もの燃料を一気に消費します。重要影響事態法を成立させ、米軍を支援する法的根拠を定めても、支援に供する肝心の燃料が足りないという事態が生じかねません。また、たとえ弾薬や燃料が十分に備蓄されていたとしても、空自基地同様、緒戦で貯蔵庫を全て破壊されれば、米軍支援など夢物語です。
米軍が台湾有事で日本に期待しているのは、一緒に台湾周辺に出撃して、台湾防衛をするというような勇ましい夢物語ではなく、中国の奇襲攻撃にしっかり耐えうる日本の防衛と、米軍への後方地域支援です。これを平素からしっかりやっておけば、中国が台湾を攻撃するハードルはぐんと上がるのです。
台湾と日本の安全は緊密に結びついていますが、そこまでの理解にとどまり、「日本の安全のために台湾を防衛すべきだ」というのは短絡的です。現実のロジックは逆であって、「日本防衛をしっかりすることで、中国は台湾に手を出しにくくなる」のです。日本が日本防衛の努力を強めることを、中国は批判できますか。抑止力は、静かに淡々と構築すべきであって、対象国を挑発しながらやれば、必ず効率が落ちます。平時において日中関係は安定していたほうがよいのです。
日本は防衛費の増大を含め、覚悟を決めなければなりません。欧州のNATO(北大西洋条約機構)加盟国が、防衛費を対GDP(国内総生産)比2%に引き上げようと取り組んでいる中、日本の防衛費は同1%にも達していません。
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