秋山:焦っていたかどうかは分かりません。しかし、ウクライナ侵攻を早く終わらせるために有利な状況を手っ取り早く作り出そうとすれば、核の恫喝を用いるのは理にかないます。戦争が長期化し、総動員令を出さざるを得ないような事態になれば、国民の反発も高まってくるでしょう。兵たんの面からも、社会経済面からも、戦争を早く終わらせることが望ましい。現在の戦況を鑑みるに、戦争を早く終わらせる効果は得られていませんが。
ロシアは味方を増やす国際世論工作に着手
最近、ロシアの外交官が核を使用する可能性を否定する発言を繰り返しています。例えば、ガルージン駐日大使が「ロシアが核兵器を使用すると間接的にも直接的にもほのめかす発言はしていない」「そのような意図はない」と発言しました。8月4日に広島を訪れ、原爆死没者慰霊碑に献花したときのことです。 ケリン駐英大使も「ロシアがウクライナで戦術核を使用するとは思わない」「ロシアが核を使用するのは国家存亡の危機のとき」と発言しています。 E2DEであおっておいて、今になって反対の行動に出るのはなぜでしょう。
秋山:2つ考えられます。1つは広報外交です。そもそも出先の大使は、核使用の決定に関する情報を持ってはいないでしょう。本国からそう発言するよう指示を受けているだけです。では、本国がその指示を発した意図は何か。それは、「ロシアは悪者ではない」ということを国際社会に訴え、国際社会において支持を獲得するためだと思います。
制裁などをめぐって欧米に付くべきか否か迷っている国が途上国を中心に多くあります。こうした国々に、あおっているのは米国だと思わせる。エネルギー価格の高騰が続き、厭(えん)戦気分が高まっているタイミングでもあります。戦争は、戦場だけで起きているわけではありませんし、これからのことも考えるでしょう。
もう1つは、将来、核を使用することになった場合に「仕方なかったのだ」と主張するための伏線を張っていると考えられます。
言葉を武器にした戦争ですね。
秋山:その通りです。核抑止は核兵器だけで行うものではありません。その効果は、外交も含めて表れてくるものです。
米国と中国の核は、「相互抑止」の段階に
ここから中国について伺います。ペロシ米下院議長の訪台が台湾危機ともいえる事態に発展しました。「台湾有事となれば、中国は日本に核を使用するかもしれない」との見方が浮上しています。また、中国が核弾頭を増やし続けており、米国による対中核抑止が力を失う方向にあるとの見方もあります。秋山さんはどう見ていますか。
秋山:私は、米国による対中核抑止は現時点において効いていると評価します。ただし相互抑止の関係に入りつつある。つまり、米国が中国を抑止するのと同様に、中国も米国を抑止する状態。これは日本をはじめとする同盟国にとって喜ばしくない状況です。
米本土を攻撃される危険を冒してまで米国は同盟国を守るか、という不安が米同盟国の間で生じるからですね。DF-31やDF-5といった中国のICBM(大陸間弾道ミサイル)が米本土を射程に収めます。日本や他の米同盟国に対し中国が挑発的な行為をしたとき、米国が核で応じると、中国はこれらのICBMで報復します。首都ワシントンやニューヨークなど米本土が攻撃対象となりかねません。これは米国にとって受け入れがたいダメージです。
Powered by リゾーム?