日本は長崎原爆の日を迎えた。米ニューヨークでは核軍縮をテーマに会議が行われている。いま、改めて核抑止の現状を考える。日本をめぐる核抑止はいかなる状況にあるのか。ロシアが核を使ってウクライナや欧米諸国を威嚇する意図は何か。米国による対中核抑止は今後も効くのか。核軍縮研究の重鎮、秋山信将・一橋大学教授に聞いた。

(聞き手:森 永輔)

8月9日。長崎は原爆の日を迎えた(写真:AP/アフロ)
8月9日。長崎は原爆の日を迎えた(写真:AP/アフロ)

米ニューヨークで8月1日から、核拡散防止条約(NPT)再検討会議*が開かれています。ウクライナに侵攻したロシアが核兵器の使用を示唆し威嚇したことについて、会議に出席した各国の代表が非難する発言をしました。ロシアは本当に核兵器を使う意思があるのでしょうか。

*:NPT加盟国が集まり、核軍縮・不拡散の方向性を話し合う会議。NPTは米ロ中英仏の5核兵器国以外への核兵器拡散防止と、締約国による誠実な核軍縮交渉の義務、原子力の平和利用を定めている

秋山信将・一橋大学教授(以下、秋山氏):私は、ロシアが核兵器を使用する可能性はそれほど高くないと考えます。その可能性は開戦当初とあまり変わっていません。

秋山信将(あきやま・のぶまさ)
秋山信将(あきやま・のぶまさ)
一橋大学教授。専門は軍備管理、軍縮、不拡散、安全保障など。1990年に一橋大学を卒業、94年に米コーネル大学で行政学修士。一橋大学で博士(法学)を取得。日本国際問題研究所・主任研究員など現職。2016~18年に在ウィーン国際機関日本政府代表部公使参事官。近著に『「核の忘却」の終わり』など(写真:共同通信)

 ただし、抑止力として“うまく”使っていると評価します。その不確実性と曖昧性を最大限に確保することで「核を使うかもしれない」と欧米諸国に思わせ、ウクライナへの支援をためらわせている。欧米諸国は、ロシアはたぶん核兵器を使わないと考えてはいるが、それでも自らエスカレーションさせることが核使用の可能性を高めかねないと懸念し、支援を自制していたように見えました。実際は分かりませんが、傍から見れば、欧米諸国はロシアに「すっかり抑止された」印象です。

 ロシアのプーチン大統領の発言以外にも、ロシアによる核使用の蓋然性はあるのではないかと欧米諸国に思わせる行動がありました。チェルノービル(チェルノブイリ)やザポリージャ原子力発電所を占拠したり、ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊の街ブチャで民間人を虐殺したり――。国際社会の規範を無視したこうした行動が、「『核を使ってはならない』という規範もロシアは破るかもしれない」と国際社会に思わせました。「不法に戦争を始めたロシアは人道に関する規範にも意識が低い。ならば核も使用しかねない」というストーリーが国際社会にすり込まれたのです。

 ロシアが抑止効果を高める意図を持ってこれらの行為を行ったかは分かりませんが、ロシアの行動に対する予見可能性を低める効果があったと評価します。

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