米議会下院のナンシー・ペロシ議長が台湾を訪問し、蔡英文総統と会談した。中国の外交政策に詳しい益尾知佐子・九州大学准教授は「これによってウクライナ危機は東アジアに飛び火した」と見る。8月4日、中国は弾道ミサイル11発を台湾方面に撃ち込み、台湾侵攻を見込んだ大規模軍事演習を開始した。台湾をめぐる緊張の高まりで、日米両国は有事に向けた協議を加速せざるを得ない。習近平国家主席は自らの意思に反し、米国と軍事的に対立する「新時代」の扉を開けた。
(聞き手:森 永輔)

米議会下院のナンシー・ペロシ議長が台湾を訪問し、8月3日に蔡英文総統と会談しました。これに反発した中国が、同4日から台湾周辺の6カ所で軍事演習を開始。台湾をめぐる米中の緊張が一気に高まりました。一連の動きのどこに益尾さんは注目しますか。
益尾知佐子・九州大学准教授(以下、益尾氏):米国と中国の戦争を回避することがますます難しくなったことです。ウクライナで起きた危機が東アジアにも波及。米国を中心とする陣営と、ロシアと中国からなる陣営とによる新たな冷戦が始まりました。しかも、この冷戦は熱戦にどんどん近づいています。

それにもかかわらず日本は平然としています。この危機がどれほど深刻なものか理解していません。平和ぼけと言われても仕方ない状況です。
新しい冷戦は、民主主義vs権威主義という体制間の対立ですか。
益尾氏:そうではありません。本質は覇権をかけたパワーとパワーの衝突です。ペロシ議長は蔡総統との会談で「米国は揺るぎない決意で台湾と世界の民主主義を守る」と発言しましたが、「民主主義」は副次的要素です。仮に中国が民主主義国家であったとしても、米中は対立したでしょう。
「中国は、米国と軍事的に対立する意図はない」との見方もあります。益尾さんが、戦争回避が難しくなったと見るのはなぜですか。
益尾氏:中国が台湾周辺の6カ所で軍事演習を始めました。その一部は、台湾の「領海」を含む海域で行われます。これは米国には、中国が力によって現状を一方的に変更しようとしていると映ります。
米国は、中国がすでに台湾を統治しているとは認めていません。米中が国交正常化を決めた際に発した共同声明で米国は、「中国は1つ」「台湾は中国の一部」と中国が主張していることは認識(acknowledge)していると述べました。でも大陸の実効支配がすでに台湾に及んでいるとまでは言っていないわけです。その観点からすれば今回の演習は、別の政権によって現に有効に統治されてきた空間を中国が犯す行為ということになります。
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