7月29日、初の「経済版2プラス2」が開催された。東アジアの国際関係に詳しい佐橋亮東京大学准教授は、「日米同盟は『伝統的安全保障』と『経済安全保障』の2本柱体制になった。経済版2プラス2はその具体的歩みの始まり」と捉える。「この新たな同盟が主戦場とするのは世界の秩序をつくるルールメーキングだ」(同氏)

(聞き手:森 永輔)

日米同盟は経済安全保障を新たな柱に加えた。左端は萩生田経産相、右端はレモンド米商務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
日米同盟は経済安全保障を新たな柱に加えた。左端は萩生田経産相、右端はレモンド米商務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

日本と米国が7月29日、初の外務・経済閣僚協議「経済版2プラス2」を開催しました。佐橋さんはこれをどう評価しますか。

佐橋亮・東京大学准教授(以下、佐橋氏):日米同盟3.0がいよいよスタートしたことを示すものとして高く評価します。日米同盟は、軍事を中心とする伝統的安全保障だけを対象とする従来の形から、経済安全保障を新たな柱とする2本柱の同盟に姿を変えました。経済版2プラス2は、その具体的な第一歩です。伝統的安全保障を話し合うのが「2プラス2(外務・防衛閣僚協議)」、経済安全保障について協議するのが「経済版2プラス2」となります。

佐橋 亮(さはし・りょう)
佐橋 亮(さはし・りょう)
東京大学東洋文化研究所准教授。専門は東アジアの国際関係、米中関係。1978年生まれ。2002年、国際基督教大学教養学部国際関係学科卒業。2009年、東京大学大学院博士課程修了。神奈川大学法学部教授・同大学アジア研究センター所長、スタンフォード大学アジア太平洋研究センター客員准教授などを歴任し、2019年から現職。日本台湾学会賞、神奈川大学学術褒賞など受賞。近著に『バイデンのアメリカ: その世界観と外交』など。(写真:加藤 康)

 日米同盟の歴史を振り返ると、第2次世界大戦後、米ソ冷戦が日米同盟を生み出しました。その性格は冷戦を戦うための伝統的安全保障フレームワークでした。これが日米同盟1.0。

日米同盟は第2のターニングポイントを迎えた

 冷戦終結後、ソ連という脅威がなくなった日米同盟は、一度は漂流。けれども、東アジア「地域」の安定を図る存在として生まれ変わりました。これが日米同盟2.0。変化を促したのは1993~94年の北朝鮮核危機および1995~96年の台湾海峡危機です。橋本龍太郎首相(当時)とビル・クリントン大統領(同)は1996年4月、「日米安全保障共同宣言」によってこの変化を世界に明らかにしました。

 9.11米同時テロが起き、米国が対テロ戦争を始めると、日米同盟は「地域」を越えた「グローバル」な存在になります。自衛隊はインド洋での給油活動や、イラクでの人道支援を担うようになりました。この状態を“2本柱”と見る人がいます。グローバルな活動は特別措置法に基づくものだったからです。日米安全保障条約と特措法の“2本柱"で構成されている、という見方です。

グローバルな活動は、安保条約の第5条(日本の平和と安全)にも第6条(極東の平和と安全)にも定められていないものでした。2005年10月に出された「日米同盟:未来のための変革と再編」が“2本柱”となったことを示す文書とされます。

佐橋氏:日米同盟2.0を“2本柱”とする見方はあったものの、伝統的安全保障の枠を出るものではありません。この意味において、柱は1本のままでした。

 日米同盟3.0へのターニングポイントとなったのが、2021年4月に菅義偉首相(当時)とジョー・バイデン米大統領(同)が行った首脳会談です。伝統的安全保障に加えて経済安全保障を共同で推し進めていく方針を明らかにしました。それを示すのが、共同声明と共に発表した付属文書「日米競争力・強靱性(コア)パートナーシップ」です。日米同盟に経済安全保障を取り込む意図は米国側の出席者に如実に表れていました。経済安全保障の核となる商務長官、ジーナ・レモンド氏が並んでいたのです。

 話はそれますが、この会談は、伝統的安全保障においても従来とは一線を画す意義を持ちます。「台湾海峡の平和と安定」に言及し、中国を念頭に置くことにしたからです。

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