中国共産党が創立100年を迎え、一連の記念行事を行った。現代中国論を専門とする興梠一郎・神田外語大学教授は、ここから習近平国家主席が抱える苦悩を読み取る。演説で繰り返し「人民」に触れざるを得なかったのは、人民の共産党離れを懸念するが故だ。中国は高度成長が終わり、債務問題を抱える。共産党は経済成長を統治の正統性に据えることができなくなった。
(聞き手:森 永輔)

中国共産党が7月1日に創立100周年を迎え、習近平(シー・ジンピン)国家主席が演説を行いました。興梠さんはどこに注目しましたか。
興梠一郎・神田外語大学教授(以下、興梠):習近平国家主席は2022年秋に行われる党大会で、総書記として再任(3期目)することを目指しています。これに向けて、どれだけ勢いを見せられるか、に注目していました。これは、同日の演説だけでなく、その前から続く一連の“仕掛け”を含む動きにおいてです。1日の式典はその“仕上げ”でした。
結果として、習近平国家主席はその勢いを十分にみせつけることができたと思います。順番にお話ししましょう。
共産党と習近平自身の位置づけを高める

神田外語大学教授。専門は現代中国論。1959年生まれ。九州大学経済学部卒業後、三菱商事中国チームにて勤務。カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了、東京外国語大学大学院修士課程修了。外務省専門調査員(香港総領事館)、外務省国際情報局分析第二課専門分析員、参議院第一特別調査室客員調査員を歴任。2006年から現職。著書に『中国 目覚めた民衆-習近平体制と日中関係のゆくえ』など。(写真:加藤 康、以下同)
まず、“仕掛け”について。中国では歴史が重視されます。よって指導者は、歴史における党や自分の統治の正統性を明らかにしようとします。「中国の歴史において共産党をどう位置づけるか」「共産党の歴史の中で自分をどう位置づけるか」を考える。正統性の根拠とするものが事実かどうかは関係ありません。自分に有利な歴史観を打ち立てるのです。
習近平国家主席は6月、100周年記念式典に先んじて、中国共産党の歴史を紹介する「中国共産党歴史展覧館」を公開しました。既に、国家の歴史博物館と軍の歴史博物館は存在しています。これに、党の歴史博物館を加えた。習近平国家主席は「国家」と「軍」、そして「党」という“3権”のトップ。自らが統べる3つの組織の歴史博物館を整えたわけです。
中国の歴史における共産党の地位を引き上げたわけですね。
興梠:そういうことです。
加えて、習近平国家主席は自らの位置づけも高めました。この党歴史博物館における展示の4分の1を、自分の業績の紹介に充てたのです。同党のトップは毛沢東から習近平国家主席まで5人います。加えて、習近平国家主席の任期はまだ終わっていません。であるにもかかわらず、自らに4分の1を割り当てた。
“仕掛け”は歴史博物館にとどまりません。博物館に来ない人にも自分の存在をアピールできるよう、学習会を立ち上げました。テキストは、この2月に作成した共産党史を扱う本です。この本でも、「習近平時代」に関する記述が4分の1を占めています。現役のトップが自らを党史の中で取り上げること自体があまりみられることではありません。さらに、そのボリュームは、鄧小平、江沢民(ジアン・ズォーミン)、胡錦濤(フー・ジンタオ)に関する記述の合計ページ数と同じくらいなのです。
“仕上げ”の演説でも、同様の工夫がみられました。
共産党の存在を持ち上げるべく、記念式典の場所に天安門広場を選び、7万人を動員しました。中国において天安門広場は国家の行事を行う場所です。なので、建国記念日はここで行う。その場所で党の行事を実施したのです。
これまで、党の周年式典は人民大会堂で行ってきました。指導者たちは遠慮があったのでしょう。習近平国家主席も中国共産党創立95周年の式典は同大会堂で実施しました。参加者も3000人ほどにとどまっていた。それを今回は、党の行事を国家の行事と同格のものとして実施した、と評価できます。
その天安門広場で行った演説では、間接的な手法ながら、自らを持ち上げました。毛沢東や鄧小平を「(党の)主要な代表」と表現したのです。95周年を祝う演説では、両者を「党の核心」としていました。一方、習近平国家主席は2020年10月、党規則で「党中央や全党の核心」と定められています。つまり、自分は毛沢東や鄧小平とも格の違う「核心」である、と暗示したものと考えられます。
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