中国の「H-6」爆撃機(写真:新華社/アフロ)
中国の「H-6」爆撃機(写真:新華社/アフロ)

台湾有事が話題になる機会が増えている。これは日本にとって他人事ではない。中国は沖縄をはじめとする南西諸島を勢力圏に取り込む意図を持つとされる。抑止力強化のため、敵基地攻撃能力を持つことが選択肢として挙がる。果たして、これは得策か。台湾有事に詳しい尾上定正・元空将に聞いた。

(聞き手:森 永輔)

台湾有事が話題になる機会が増えています。菅義偉首相とジョー・バイデン米大統領が4月16日に行った日米首脳会談後の共同声明にも、「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と盛り込まれ、注目されました。

 台湾有事は、いつ、どのような条件が整ったときに起こると考えられますか。

尾上定正・元空将(以下、尾上):時期については、習近平(シー・ジンピン)国家主席すら分からないでしょう。私は当初、2024年までが危ないと考えていました。新型コロナウイルスの感染症が最初、中国・武漢で広まったのを受けて、中国経済が数年にわたって打撃を受けると推測したからです。経済成長は、中国共産党政権の統治の正当性を支える土台。これが揺らげば、台湾統一など別の要素で補強する必要が生じます。

<span class="fontBold">尾上定正(おうえ・さだまさ)</span><br> 米ハーバード大学アジアセンター上級フェロー。<br> 1959年生まれ。元空将。1982年に防衛大学校を卒業し、航空自衛隊に入隊。<br> 統合幕僚監部防衛計画部長、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官、航空自衛隊補給本部長などを歴任し、2017年に退官。著書に『台湾有事と日本の安全保障』など
尾上定正(おうえ・さだまさ)
米ハーバード大学アジアセンター上級フェロー。
1959年生まれ。元空将。1982年に防衛大学校を卒業し、航空自衛隊に入隊。
統合幕僚監部防衛計画部長、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官、航空自衛隊補給本部長などを歴任し、2017年に退官。著書に『台湾有事と日本の安全保障』など

 しかし、中国はこのときの予想をはるかに上回る勢いで経済を回復させました。よって今は、米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官(当時)が3月に示したのと同様、6年後の2027年までが1つの区切りになるとみています。

 それでも、経済の状況が習近平政権の「意志」を刺激し、台湾有事の引き金になり得る構図は変わりません。

 注目するのは人口です。中国の人口は2030年ごろにピークを迎えると予想されています。中国はGDP(国内総生産)で、2028年にも米国を抜くとの予想があります。しかし、人口がマイナスに転じれば経済の成長も鈍化する。いったん米国を抜いても、再び抜き返されることが想定されます。ならば、中国にとって「機会の窓」が開いている期間はそれほど長くない。その短いチャンスをものにして事を成就する――ことへの誘惑が働くのではないでしょうか。

 また中国は軍事力の増強を続けており、「能力」面でも「今ならできる」との自信も深めているとみられます。脅威は「意志」と「能力」から成ります。能力において、短期的な優位が長期的には不利に移行していく状況が最も危ないのです。1930年代の日本と同じですね。

 軍事力は、1996年の台湾海峡危機*では、米空母を前に沈黙せざるを得なかった。この悔しさをバネに毎年2けた%増で防衛費を増やしてきました。デービッドソン司令官が上院軍事委員会の公聴会で示した資料をみると、西太平洋における軍事バランスは中国有利に傾きつつあります。

*:1996年の台湾総統選に独立派の李登輝が立候補した。中国はこれに反発し台湾近海にミサイルを撃って圧力をかけた。米国はこれに対抗すべく、空母2隻を派遣した

 中国は今年の4月23日には強襲揚陸艦とミサイル艇、原子力潜水艦の3隻を同時に就役させ国際社会の耳目を集めました。記念の式典には習近平国家主席のほか、2人の中央軍事委員会副主席が出席し、能力の増強を誇示しました。

中国海軍は4月6日、台湾周辺の海域に空母「遼寧」を派遣しての軍事訓練も実施しています。

尾上:そうですね。

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