尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国新大統領は就任演説で「自由」という言葉を35回も使った(写真:代表撮影/Abaca/アフロ)
尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国新大統領は就任演説で「自由」という言葉を35回も使った(写真:代表撮影/Abaca/アフロ)

韓国で5月10日、尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が新たな大統領に就任した。「自由と人権という価値に基づく普遍的な国際規範を積極的に支持し守る。そのためグローバルリーダー国家となる」との目標を掲げる。その背景に経済力や国際社会における地位の向上がある。韓国はこの目標を実現できるのか。関係悪化が続く日本にはどのような意味を持つのか。慶応義塾大学の西野純也教授に聞いた。

(聞き手:森 永輔)

韓国で5月10日、尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が大統領に就任しました。尹大統領は、就任式に訪れた日本の林芳正外相と会談し「日韓関係を重視している。関係改善に向けて共に協力したい」と発言。「戦後最悪」といわれる日韓関係が改善に向かうのかが注目されます。この点について順にお伺いします。

 まず、尹大統領が日韓関係の修復を重視するのはなぜでしょう。北朝鮮がミサイル実験を繰り返し、脅威の度を高めているからでしょうか。北朝鮮は4月16日、「新型戦術誘導兵器」と呼ぶ短距離弾道ミサイルを発射するとともに、戦術核の運用に言及しました。近く、7回目の核実験をするのでは、との推測も浮上しています。

 この脅威に対処するため、韓国は米韓同盟をより確かなものにする必要がある。その手段の1つとして日韓関係の修復に取り組む――。このような理解でよいのでしょうか。

「自由」を守るグローバルリーダー国家を目指す

西野純也・慶応義塾大学教授(以下、西野):それもあります。けれども、一義的には「自由と人権という価値に基づく普遍的な国際規範を積極的に支持し守る。そのためグローバルリーダー国家となる」との目標を掲げた外交安全保障政策の一環として日韓関係の修復を位置づけています。

西野純也(にしの・じゅんや)
西野純也(にしの・じゅんや)
慶応義塾大学法学部教授。政治学博士。専門は現代韓国朝鮮政治、東アジア国際政治。1996年に慶応義塾大学法学部政治学科を卒業、98年に同大学院修士課程修了、2003年に博士課程単位取得退学。05年に韓国・延世大学大学院で博士を取得(写真:菊池くらげ、以下同)

 尹政権は自由・民主主義諸国との連帯を強める意向です。就任演説において「自由」という言葉を35回も使ったことにそれが表れています。そして韓国が位置するアジアにおいて、同じく自由と民主主義を奉じているのは日本。日本は世界第3位の経済大国でもある。そのため、日本との協力関係を深めるのは当然のことなのです。

 この大方針を前提としつつ、対北朝鮮政策や安全保障政策の観点からは、先ほど森さんが言及された厳しい環境が存在します。その環境のなかで、より効果的かつ効率的な防衛力および抑止力を構築するためには、日米韓の協力が重要かつ不可欠だと判断しているのです。

 尹大統領が就任演説において日韓関係に触れなかったことを懸念する見方がありますが、それは当たらないと思います。「自由・平和・繁栄に寄与するグローバルリーダー国家」を目指すことが最重要の主張なのですから。日本だけでなく米国に関する言及もありませんでした。

 北朝鮮については語りましたが、それは韓国の大統領なのですから当然です。それでも、北朝鮮に触れたのは演説の最後。内容も原則論を出るものではなく、北朝鮮に対するメッセージ性はありませんでした。

 振り返れば、北朝鮮が2016年1月に4回目の核実験を実施した後、朴槿恵(パク・クネ)政権が日米韓の安全保障協力を修復しました。しかし、その後、文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足して朝鮮半島平和プロセスを推進。この安全保障協力は途絶えてしまいました。尹大統領はこれを再開・強化させる意向です。

尹大統領はなぜ自由や民主主義をことさら強調するのでしょうか。

西野:文政権に対するアンチテーゼを示そうとしている面があると考えます。少々、深読みしすぎかもしれませんが。尹大統領は演説の冒頭で「自由と民主主義、市場経済の体制を再建する」と語りました。「再建」は、今は壊れていることを示唆します。壊したのは誰か。当然、文在寅・前大統領ということになります。

 また、文政権の外交・安全保障政策は南北関係ばかりに焦点を合わせ、韓国が持つ国力や国際社会における地位にふさわしい行動を取ってこなかったとみているのです。すなわち、グローバルな課題への取り組みが十分でなかった、と。南北関係は韓国にとって重要ではありますが、「すべて」ではない、と米誌Foreign Affairsへの寄稿でも指摘していました。

尹大統領は、5月3日に発表した「国政目標」の1つとして、「常識を取り戻した正しい国の実現」を挙げました。これも文政権の取り組みを否定する意思の表れでしょうか。

西野:そうですね。尹大統領は、文政権が成したものが国民の目線から見て普通に受け入れられるものではなかったと言っているのでしょう。ソウルの不動産価格が2倍に上がるなど異常ではないか、と。

国際社会で役割を果たすことを重視するのは、韓国が経済力を高め、自らの国力に自信を深めているからでしょうか。

西野:その通りです。今や世界10位の経済大国となりました。

 この姿勢は今に始まったことではありません。李明博(イ・ミョンバク)政権のときから「グローバル・コリア戦略」を掲げ、「寄与外交」と銘打ってODA(政府開発援助)の拡大などに本気で取り組んでいます。尹政権の外交・安全保障スタッフは李政権のスタッフを引き継いでいるので、この政策に再度取り組むことになります。

 李政権の次の朴政権は、同じ保守ではありましたが、外交において大きなビジョンを掲げたとはいえません。よって、世界に目を向けた韓国の外交・安全保障政策が10年ぶりに復活することになります。

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