経常収支、少子高齢化、エネルギー政策の堂々巡り

解決策はあるのでしょうか。

小林:やはり高齢化対策とエネルギー政策の見直し、すなわち化石資源への依存を軽減することだと思います。ただ、高齢化対策に成功した事例は世界を見渡してもありません。

 考えられる施策は、社会保障の給付先を高齢者から子育て世代にシフトすることでしょう。既に政府が取り組んでいるわけですが、財政の規模は限られています。縮小することもあるでしょう。日本の人口構成を確認すると、投票有権者の中央値年齢は55歳。この状況を考えると、給付先のシフトが容易でないことは明らかです。政治的にも大きな痛みを伴いますから。

 その痛みを少しでも和らげるためには、原資の有効利用が大事になります。そこで、エネルギー政策の見直しが必要になります。化石資源に支払うお金を抑えて子育て支援に回す。地政学リスクの影響を強く受ける原油や天然ガスに大きく頼る状態は好ましくありません。

 化石資源への依存縮小は、経常収支の黒字縮小を食い止めることとイコールの関係になります。輸入コストが上がれば名目GDP(国内総生産)が縮小します。これは財政支出のパイが小さくなることを意味します。

 こうした明らかな問題に目を向けることのないまま、日本経済の縮小回避に向けた解決策として産業政策や成長戦略ばかりに人々の耳目が集まります。しかし、効果が明確なエネルギー戦略の見直しと異なり、産業政策や成長戦略の効果のほどは検証できず、定かでありません。ロビー(陳情・圧力)活動の温床になる恐れもあります。

この問題を考えると堂々巡りの無限ループに陥りますね。化石資源への依存度を減らさなければ、経常黒字が縮小する。経常黒字の縮小を抑えるためには少子高齢化を抑えなければならない。その少子高齢化を抑えるための原資を確保するためには化石資源への依存度を減らす必要がある。

「生産性」を上げるとは「賃金」を上げること

他方、「生産性の向上」に力を振り向けるべきだ、との議論があります。

小林:それは必要です。ただし「生産性」の定義を見直して進めるべきです。「2022年の日本経済、資源高を転嫁できない企業、夏のボーナス減も」の回でお話ししました。

小林:われわれは生産性を「実質」で測っています。つまり、1時間につくる箱の数を50個から60個に増やすことが生産性の向上だと考えている。正しいあり方は、生産性を「名目」で測ることです。つまり、50個の箱をより高い価格で売れるようにする。

 製品の価値を高める手段はさまざま考えられます。意図的に品薄感をつくる。ストーリーをつくることで購買意欲をかき立てる。ブランド力を高める。

生産性を「1人当たりがつくるモノの量」ではなく「1人当たりが稼ぐ金額」で考える必要があるのですね。

 これをさらに直裁的に表現すると、同じ仕事をしたときに得られる「賃金を高める」ということになります。

 日本の生産性が、米国などと比べて低い理由は、これからお話しする3つの分野で賃金を増やすことができなかったからです。第1はIT(情報技術)関連。「関連」とするのは米アマゾン・ドット・コムやフィンテック(金融と情報技術を結びつけたビジネス)企業も対象だからです。

 IT化が本格化した1990年代半ば以降、日本企業はここに投資することができませんでした。97年に山一証券が、翌年には日本長期信用銀行(現新生銀行)や日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)が破綻。ここから派生した金融危機が企業から投資資金を奪ったからです。

 今やレッドオーシャンと化しているIT関連分野で日本企業が今からキャッチアップすることは困難を極めるでしょう。次の成長の芽をつかむべく、研究開発に力を入れるべきです。きょう、あすに結果が出ないからと言って科学研究費を絞ることは、長期的に国益を害することにつながります。

 第2の業種は介護や教育といった公的サービスなど、賃金が法で規制されている業種です。これらのサービスに対する対価が低すぎます。対価を上げないと生産性は高まりません。繰り返しになりますが、この対価、すなわち賃金こそが生産性なのです。

 そして、賃金を上げた分、効果を上げてもらうべきです。よって、仕事の改革が必要です。学校の先生なら、教え方の上手な先生がマス講義を行うことで効果と効率を追求する。同時に、それにより人手に余裕が出るのであれば、補習やホームルームのケアなど、生徒一人ひとりに寄り添った教育にも力を注ぐことができます。

 そして第3は中小企業。飲食業や宿泊業が典型です。中小企業向けの優遇措置などがあるので、効率を高めたり、事業規模を拡大したりするインセンティブが働きません。利益を出さない方が法人税の負担も少なくて済みます。

 個人レベルでは、いわゆる「130万円の壁」も同様の問題を引き起こします。年収が一定の水準を超えると国民年金などの社会保障費を負担する必要が生じるため、手取り金額が減ってしまいます。働き手の年収が130万円前後で頭打ちならば、生産性をそれ以上高めることはできません。

 少子高齢化にあらがう上では、その原資を確保すべく、エネルギー戦略の見直しも必要となります。また同時に、生産性を高める努力も求められます。そのためには、賃金を上げるとともに非効率な現行制度を改める必要があります。

 こうした政策は「新自由主義」とのレッテルを貼られて忌避されがちです。確かに、かつての就職氷河期のように、労働市場が完全に冷え込んでいる中でこうした政策を採れば、大規模な失業が発生し、経済に取り返しのつかない負の履歴効果を残す可能性を否定できません。

 しかし、現在は有効求人倍率が1.2、完全失業率が2.7と労働市場が非常にタイトです。こうした状況下こそ、この改革を進める好機だと考えられます。

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