
ウクライナにおいて、市民が集まる学校、劇場、駅などをロシア軍が攻撃した。「戦争犯罪だ」との声が高まる。ただし、戦争犯罪は容疑者の母国政府が軍刑法などに基づいて裁判に付すのが基本だ。仮に自衛官が戦争犯罪を行った場合、軍刑法を持たない自衛官をどう裁くのか。元自衛官で、海上自衛隊幹部学校などで国際法を教えた中村進氏に聞いた。
(聞き手:森 永輔)
(前回「プーチン大統領の戦争犯罪を裁くのが難しい理由」はこちら)
仮に日本の自衛官が戦争犯罪をした場合、日本は国際刑事裁判所ローマ規程の締約国なので、日本の裁判所が日本の法律で裁く義務があるわけですね。これは、どのように運用するのでしょうか。
多くの国では軍事法廷において、軍人が軍刑法に基づいて軍人の戦争犯罪を裁きます。しかし、自衛隊は日本の国内法において軍隊ではなく、軍事法廷(軍法会議)も軍刑法もありません。
中村:日本では通常の裁判所が、通常の刑法にのっとって裁きます。刑法でカバーできない戦争犯罪がありましたが、第1議定書に加盟する2004年、「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律」を定めて不足を補いました。加盟に必要だったからです。例えば、重要な文化財を破壊する罪、捕虜の送還を遅延させる罪、占領地域に移送する罪、文民の出国等を妨げる罪を定めています。

日本の制度を巡って「裁判官も検察官も弁護士も軍事の知識がないので適切に裁くことができない」との疑問が呈されます。
中村:確かにそういう見方はあります。しかし、運用でカバーできることが多くあります。
例えば過失の捉え方。任務遂行中に上官の過失で部下が亡くなったとします。この場合、被告である上官に対し、一般のケースより緩やかに過失を認めることができます。上官自身も一般人とは異なる命の危険に直面する環境で任務を遂行しているのですから。
この点は、わざわざ軍刑法をつくらなくても、情状酌量の運用でカバーすることが可能です。
他方、軍事法廷についてもよく指摘されている問題があります。例えば、法廷関係者がすべて軍人なので、同じく軍人である被告に甘くなる恐れがある――。
1998年、米軍機がイタリアのスキーリゾートでロープウェーのケーブルに接触して、ゴンドラが落下。乗っていた20人全員が死亡する事故がありました。このとき、米国で開かれた軍法会議でパイロットは無罪となったことから、イタリア国内で米軍の駐留反対の声が拡大。米国とイタリアの外交問題にまで発展しました。
以上のように、軍事法廷を持つ諸外国の仕組みも、日本の仕組みも一長一短があると言えます。
ただし、世界の潮流は日本のような軍事司法制度に向かっているようです。かつては軍人と文民を明確に分け、軍人を特殊な存在とみなしていました。しかし最近は、軍人も普通の人間であり、市民の中に「部分集合」として存在する、と考えるようになりました。
この流れの中で、ベルギーは軍事法廷を廃止しました。ドイツは軍事法廷の仕組みを備えていますが、戦後、開いたことがありません。オランダやイタリア、フィンランドでは、一般裁判所において文民と軍人の裁判官を混成させるケースがあります。
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