習近平国家主席がロシアを訪問し、プーチン大統領との公式首脳会談に臨んだ(写真:新華社/アフロ)
習近平国家主席がロシアを訪問し、プーチン大統領との公式首脳会談に臨んだ(写真:新華社/アフロ)

中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席がロシアを訪問。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、習氏が提示したウクライナ和平仲介案を評価した。中国はこれに先立って、断交していたイランとサウジアラビアの外交正常化も仲介している。中国が「仲介外交」に突然かじを切ったのはなぜか。これを読み解くキーワードは経済の正常化と「中国式現代化」だ。中国政治に詳しい、興梠一郎・神田外語大学教授に聞いた。

(聞き手:森 永輔)

中国の習氏が3月20~22日にロシアを訪問し、プーチン氏と首脳会談しました。ウクライナが議題に上り、中国が2月に公開した停戦案をプーチン大統領が評価したことが注目されています。これに先立つ3月10日、7年にわたって断交状態にあったサウジアラビアとイランの外交関係正常化を中国が仲介したことが明らかになりました。中国の仲介外交が活発化しているように見えます。

興梠一郎・神田外語大学教授(以下、興梠氏):戦狼外交によって大きく傷ついた中国のイメージを修復すべく調整を始めたと考えています。時系列に沿って振り返ると、まず3月5~13日に開かれた全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)における政府活動報告の中で、李克強首相(リー・クォーチャン、当時)が中国は「世界の平和と地域の安定を守っていく」と発言しました。自らを、平和を「破壊する」存在ではなく「守る」存在と位置づけたのです。

興梠一郎(こうろぎ・いちろう)
興梠一郎(こうろぎ・いちろう)
神田外語大学教授。専門は現代中国論。1959年生まれ。九州大学経済学部卒業後、三菱商事中国チームにて勤務。カリフォルニア大学バークレー校修士課程修了、東京外国語大学大学院修士課程修了。外務省専門調査員(香港総領事館)、外務省国際情報局分析第二課専門分析員、参議院第一特別調査室客員調査員を歴任。2006年から現職。著書に『中国 目覚めた民衆 習近平体制と日中関係のゆくえ』など。(写真:加藤 康、以下同)

 次に、サウジ・イラン外交正常化の仲介。この問題は既に機が熟しており、中国がどれほど貢献したかは定かでありませんが、中国は、これを大いに宣伝し、地域の安定を守る役割を果たせるとアピールしています。

サウジは、介入しているイエメン内戦から早く手を引きたい。イエメンでは、同国暫定政権とイランの支援を受ける反政府武装組織フーシ派が争っており、サウジは暫定政権を支援しています。他方、イランは、核合意を離脱した米国から制裁を科されており、経済的に苦しい状態にある。核合意を再建し、制裁が解除されることを望んでいますが、サウジはかねて核合意そのものに反対してきました。オマーンなどが仲介を進めていました。

興梠氏:そして今回の習氏によるロシア訪問。中国公式メディアは「友好、協力、平和の旅」と表現しています。この「平和」とは、ロシアに行くのは、ロシアとウクライナとの間を仲介する、という「平和」のためだと言いたいからです。ロシアに行けば、ロシア寄りであり、ロシアのウクライナ侵攻を支援していると見られてしまうので、あえて仲介に行くのだということを強調した。今後、習氏がウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領とオンラインで会談すると報じられています。現時点では未定ですが、実現すれば、実際に成果が出るかどうかは別として、仲介役としてのイメージを演出することはできます。

中国はなぜこのタイミングでイメージの修復を図ったのですか。

興梠氏:一つには、西側との対立が激化し、ハイテクの輸出規制などを科され、経済に影響が出ていることがあるでしょう。また、全人代を無事に終え、習政権の3期目が順調にスタートし、仕切り直しという面もあるかもしれません。昨年の党大会で党の最高指導部は、すでに自派で固めていました。今回は、国務院の人事も首相から副首相まで自派で固めました。

 ここに至るまで、習氏は「強いリーダー」を演じる必要がありました。求心力を高める必要があった。外交は内政の延長と言われます。このため西側諸国と対立することで強さを演出してきたと面もあると思いますが、やり過ぎて調整が必要になったと判断した可能性があります。

 ゼロコロナ政策に固執したのも、間違いを認めて政策を変えれば、権威が損なわれることを恐れたからかもしれません。結局、デモが拡大し、慌てて全人代前に解除することになりましたが。民間企業を厳しく規制したのも同様です。中国電子商取引最大手のアリババ集団しかり、不動産大手の中国恒大集団しかりです。「共同富裕」のスローガンを打ち出し、大もうけしているIT(情報技術)企業や不動産企業をたたくことで、民衆の支持を得られるというメリットもあった。同時に、江沢民や胡錦濤時代に強大化した民間企業を「粛清」し、管理下に置くこともできる。まさに一石二鳥です。

 しかし、その反動は大きかった。強硬的な手法は、西側との関係を悪化させて孤立を招き、海外の投資家を不安にさせ、中国経済にとって大きなダメージをもたらしました。そして景気回復には、西側の投資を呼び込む必要があります。イメージを修復しなければならない理由の1つがここにあるのです。いわゆるチャイナリスクへの懸念が高まった流れを変える必要がありました。

中国独自の軸を発展途上国に広める

中国政府が打ち出した「中国式現代化」と仲介外交とは関係があるのでしょうか。中国は、昨年10月の中国共産党大会で「中国式現代化」をこれからの使命としました。そして3月の全人代で国家レベルのアジェンダとして正式に設定しています。

興梠氏:関係があります。中国式現代化は、米国とは異なる中国独自の軸をつくり、それを発展途上国向けにアピールしていく、という取り組みです。そうすることで、主要7カ国(G7)など米国の価値観が支配する空間とは異なる空間を国際政治の場につくる。習氏が言う「多極化」や「民主化」はこの空間づくりを指します。米国の価値観が支配する空間とは異なる空間の存在を認め(多極化)、その空間を米国が仕切る空間と対等(民主化)なものにする。

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