日米の外相と防衛相が一堂に会し、中国への懸念を名指しで表す共同文書を発表したが……(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
日米の外相と防衛相が一堂に会し、中国への懸念を名指しで表す共同文書を発表したが……(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

バイデン政権の対中姿勢はいかなるものになるのか。トランプ政権と同様の強硬姿勢を続けるとの見方が多い中、川上高司・拓殖大学教授は「対話と抑止に方針転換する」とみる。ただし、それも絶対ではない。「いずれ融和に転じる可能性がある」と指摘する。日本は難しいかじ取りを強いられる。さらに同氏は「日本は台湾防衛に米国を巻き込むべきだ」と説く。果たして、これは何を意味するのか。

(聞き手:森 永輔)

バイデン政権が中国に対し厳しい姿勢を示しています。直近では、3月18~19日に開いた米中外相会談で新疆ウイグル自治区や香港の人権侵害や、台湾問題について懸念を表明。米国へのサイバー攻撃と同盟国への経済的な強制行為にも触れ、ルールに基づく秩序を脅かす、と指摘しました。同16日の日米安全保障協議委員会(日米2+2)の後に行われた記者会見でも「中国は尖閣諸島を含む東シナ海、南シナ海、台湾において攻撃的に行動している。罰せられることなく好き勝手に振る舞えると中国が思わないように明確にする」と発言しています。

 具体的な行動も伴っています。米議会は昨年12月に「太平洋抑止イニシアチブ(PDI)」を承認し、米インド太平洋軍の強化に22億ドル(約2400億円)の予算を付けました。同軍のフィリップ・デービッドソン司令官は3月半ば、米上院軍事委員会の公聴会で「今後6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性がある」「米領グアム島は今や標的になっている。防衛の必要がある」と発言。同軍は米グアム基地へのイージス・アショアの導入や、インド太平洋地域での中距離ミサイルの新たな配備を進めるべく、PDIの増額を求めました(関連記事「米インド太平洋軍、270億ドルの新構想」)。

 バイデン政権が中国に対しどのような姿勢を示すか注目されていました。今のところ、トランプ政権と変わらぬ強硬な姿勢を続けるようにみえます。米民主党の政権らしく、新疆ウイグル自治区と香港の人権侵害を重視する分、中国にとってトランプ政権以上に嫌な姿勢かもしれません。 川上さんは米国の対中姿勢をどう評価しますか。

バイデン政権はいずれ対中融和に傾く

川上:私はバイデン政権が強硬とは思いません。言葉の上で強く出ているだけだと思います。トランプ政権を除くこれまでの米政権と同様、初めこそ中国に対し強い態度を示しますが、いずれ融和に傾くと見込んでいます。

<span class="fontBold">川上 高司(かわかみ・たかし)氏</span><br>拓殖大学教授<br>1955年熊本県生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。(写真:加藤 康、以下同)
川上 高司(かわかみ・たかし)氏
拓殖大学教授
1955年熊本県生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。(写真:加藤 康、以下同)

え、そうなのですか。どこからそうしたシグナルが読み取れるのでしょう。

川上:トランプ政権との違いに目を向けるとはっきりします。トランプ政権はパワーポリティックスを実践。経済面ではデカップリングを推し進め、「新冷戦」と呼ばれる環境をつくりました。これに対してバイデン政権はバランス・オブ・パワーに軸足を置き、対話と抑止を重視しています。この点はオバマ政権の外交政策の焼き直しですね。

 対話の典型例は先ほど言及された米中外相会談です。厳しい表現での応酬が注目されましたが、それよりも両国の外交トップが会ったことそのものが重要です。トランプ政権はその初期こそ首脳会談をするなど中国と安定した関係を築いていましたが、次第に硬化。ドナルド・トランプ大統領(当時)が新型コロナウイルス感染拡大の責任は中国にあると非難すると、中国が強く反発。両国間の対話はその窓口が閉ざされました。これに対してバイデン政権は、まだ政権として対中政策をまとめていない段階から外相会談を開いています。

確かに、中国は米中対話チャンネルの復活を望んでいました。外相トップによる今回の会談を中国が「中米ハイレベル戦略対話」と呼んでいることにその期待の大きさが表れています。その対話を米国は受け入れたわけですね。「中米ハイレベル戦略対話」こそ否定していますが。

 もう1つの柱である「抑止」は、PDIの承認やその増額要求のことですか。

川上:それもありますが、より大きいのは3月12日に開催した日米豪印首脳会議です。この場で新型コロナワクチンのサプライチェーン構築を4カ国で支援することを決めました。これは、中国抜きのサプライチェーンを同盟国もしくは民主主義国で構築するブロック化の始まりだと思います。今後、ワクチンだけでなく半導体、電池、レアアース、医療品などの戦略分野に中国抜きのサプライチェーンを広げていく。

 米国は、例えば半導体における台湾とのサプライチェーンが切れたらどのような事態が生じ得るか強く懸念しています。そのためシンクタンクがこのシミュレーションを繰り返している。仮にこうした事態が生じても、影響を極小化するための方策を進める考えです。

 私がここでいう「抑止」は軍事的な施策にとどまりません。バイデン政権の究極の目標は経済安全保障を確立することです。中国との対立が激化しても、戦略物資の供給が影響を受けない環境を整えていく。その意味では米中経済戦争の第2幕が上がったと評価することもできると考えます。トランプ政権はこれを米国単独で戦おうとしたわけですが、バイデン政権は同盟国を巻き込んでこれを進める。米国の力が相対的に落ちてきているからです。日本企業にとってはつらい局面が待っていると言わざるを得ません。

 この対話と抑止は、民主党系の政策エリートがトランプ政権の4年間、冷や飯を食わされる中で練ってきたものとみられます。トランプ大統領(当時)はトップダウンの政策決定手法を取り、政権スタッフはもちろん、シンクタンクの意見も採り上げることがありませんでした。例外は米ハドソン研究所くらいでしょうか。そのほかの新米国安全保障センター(CNAS)、米戦略国際問題研究所(CSIS)、米ヘリテージ財団の研究者らは不遇をかこっていました。その間につくった政策アイデアがいま日の目を見ている状況です。

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