鉛の服など、装備は重さ20kg

3月15日に空中放水準備の命令があった後、どんな訓練をしたのですか。

加藤:残念ながら、しませんでした。

え、これまで想定さえされていなかった任務をぶっつけ本番で行ったのですか。

加藤:そういうわけではありません。

 3月16日に第105飛行隊が任務に就く前、防護マスクをしての予行訓練を霞目駐屯地の敷地内で行いました。ふだんは防護マスクを被って操縦することはないですから。この中に、われわれ第104飛行隊の隊員が一部、加わっていました。

 また、我々の部隊は常日頃、山火事への対応などで放水を実行しています。防護マスクや防護服の着用を除けば、基本的には、山火事の消火と同じ技術で対応できる作戦でした。

 ただ、この防護マスクと防護服の負担が非常に重い。最も困ったのは視野が狭まることです。ヘリコプターのパイロットは通常、周囲360度を見渡せる状況で操縦しています。それが、顔の正面にある直径10cm程度の2つの窓に限られてしまうので。

 加えて、防護マスクは重さが約2kgありました。

頭に2kgのものを被るのは、相当の負担ですね。

加藤:重いだけでなく、これを着けるとほかの隊員との通信がしづらくなるのです。防護マスクの上にかぶる通常のヘルメットにスピーカーとリップマイクが付いています。防護マスクは分厚く、声が漏れず、マイクが音を拾えないのです。なので、怒鳴るほど大きな声で話をしなければなりませんでした。

 そして、飛行服の上に4kgの防護服、その上に15kgの鉛の服。

鉛の服ですか。

加藤:はい。内臓を放射線から保護するもので、通常の上着のように羽織って身に着けます。首を保護するため、鉛の襟巻も付属していました。

それは重い。

加藤:ええ、ふだんより約20kg分余計に着込むことになるので。そして、なんとも動きづらいのです。防護服も鉛の服も厚みがあるので、パイロットは自由に腕を動かすことができず、操縦がしづらかったと思います。

水を運ぶのに使った円錐形のバケツのようなものもふだん使っているものですか。「野火消火器材I型」と呼ぶそうですね。

加藤:そうです。山火事などの消火に使うものです。

 半径が2~3mの傘を思い浮かべてください。強化ビニールのようなものでできています。重さはかなりあり、隊員7~8人がかりでないと運ぶことができません。カナダのバンビバケットという会社が製造しています。

 たたんだ傘を海中に入れ、開く。そうすると、傘の中に水がたまります。傘が開く角度は60度くらいでしょうか。そして、水がこぼれないよう、上の部分をベルトで締める仕組みになっています。

 海水を汲んでから原発までは、ヘリからぶら下げたまま移動します。

【編集注】

 加藤氏は1995年、仙台の大学を卒業したのち自衛隊に入隊。自衛隊人生のおよそ半分をヘリパイロットとして過ごしてきた。入隊後は、幹部候補生学校で1年弱学んだ後、霞目駐屯地に配属。しかし仙台にはほとんどおらず、茨城県や三重県のヘリパイロット養成施設でトレーニングを受けた。そして木更津駐屯地のヘリコプター団で約10年を過ごす。その後しばらく、幹部学校、体育学校、陸上幕僚監部に配属されヘリの現場を離れるが、約6年後に再びヘリの仕事に。木更津にある中央即応集団(CRF)隷下の第1ヘリコプター団第104飛行隊の隊長として赴任した。

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