実はヘリ4機が連携した放水チーム

実際の放水の命令はいつ出たのでしょう。

加藤:翌3月16日、私が所属する第104飛行隊ではなく、第105飛行隊に放水命令が下されました。ただし、この隊によるヘリ放水は中止になりました。原発周辺の放射線量が高く、危険と判断されたからです。

第105飛行隊の中止が決まった後、どう思いましたか。「いよいよ明日は自分たちの番」とか。

加藤:いえ、その逆で、「明日のヘリ放水はないな」と考えました。中止の理由は、放射線量が高いことです。その状況が変わらなければ、我々が行くこともありませんから。

そういうときはほっとするものでしょうか。

加藤:そんな暇はありませんでした。中止の話を聞いた約1時間後には、「明日はやる」と直属の上司である群長から話があったので。

 そこからヘリ放水チームの人選を始めました。

どのような基準で選んだのですか。危険な任務なので、立候補を募った?

加藤:飛行隊には大きく2つ、飛行班(操縦士で編成)と整備班(整備員で編成)があります。それぞれの班長と相談して決めました。チーム内の練度を平準化する必要があるからです。

 実際に放水したチヌーク2機に注目が集まりましたが、実は放水チームはチヌーク4機から成っていました。放水した2機に加えて、Jヴィレッジ*に1機が待機。加えて、霞目駐屯地でエンジンをオンにしたまま待機する1機です。

*:Jヴィレッジは東京電力が整備して1997年に福島県に寄贈したサッカー施設。東京電力福島第1原発事故を受けて、対応拠点となった

 Jビレッジに待機する機は、放水時に事故があった場合に、被害を受けた隊員を病院に搬送する役割を担います。霞目駐屯地に待機する方は、これら3機に異常があった場合に備えるもの。4機が担う役割はどれも重要ですから、どの機も同じレベルの練度に平準化する必要がありました。立候補したからと言って、その隊員に任せられるとは限らないのです。

 ただし、後方搬送や待機の担当になった隊員の中に、「放水をやらせてほしい」と訴える者はありました。

次ページ 鉛の服など、装備は重さ20kg