煙を上げる福島第1原子力発電所。2011年3月14日(提供:DIGITAL GLOBE/Science Photo Library/アフロ)
煙を上げる福島第1原子力発電所。2011年3月14日(提供:DIGITAL GLOBE/Science Photo Library/アフロ)
(「水素爆発起こした福島第1原発に水を放て!飛行隊長が振り返る2日間」も併せてお読みください)

 2011年3月11日、東日本を未曽有の大地震が襲った。地震は津波を引き起こし、海水が街を飲み込んだ。家々を押し流し、人々から大事なものを奪い去った。その光景はいまも私たちの記憶にとどまったまま離れることがない。

 大地震は津波被害に加えて、目に見えない恐怖を引き起こした。福島第1原子力発電所の全交流電源喪失である。原子炉の中を見ることはできない。放射性物質を見ることもできない。しかし、その存在は、日本を分断しかねない危機をもたらした。

 この原発危機を押しとどめるのに奮闘した一人に、当時、陸上自衛隊で制服組トップの陸上幕僚長を務めていた火箱芳文氏がいる。火箱氏には「陸上自衛隊トップ、辞任覚悟の出動命令」で地震・津波対処について語ってもらった。今回は、原発事故対処に焦点を当てて振り返ってもらう。ヘリコプターを使った3号機への放水、そして地上からの放水は、報道機関が争って取り上げた。

 これに加えて、火箱氏らは「鶴市作戦」と呼ぶ極秘作戦を検討、準備していた。これが実行されていれば、自衛官が“人柱”のようになっていた可能性がある。さらに、自衛隊の役割をめぐる官邸、他省庁との調整という思わぬ課題に直面した。

(聞き手:森 永輔)

インタビュー記事「陸上自衛隊トップ、辞任覚悟の出動命令」では地震・津波対処について話をしていただきました。今回は、福島第1原子力発電所で起きた事故への対処についてお伺いします。

 発災当初は、自衛隊が中心になって原発に対処することになるとは思っていなかったそうですね。

火箱:そうなのです。原発が緊急事態に直面していることを明確に示す情報が入ってこず、「危険だ」という認識はありませんでした。

 3月12日の15時36分に1号機で水素爆発が起きました。枝野幸男官房長官(当時。以下、肩書はすべて)は「爆発的事象があった模様です」という曖昧な表現をしており、ピンときませんでした。

<span class="fontBold">火箱 芳文(ひばこ・よしふみ)</span><br>陸上自衛隊・元幕僚長。1951年生まれ。1974年に防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊に入隊。第1空挺団長、第10師団長、中部方面総監を経て陸幕長に。2011年に退官。現在は安全保障懇話会理事長、偕行社理事などを務める(写真:加藤 康)
火箱 芳文(ひばこ・よしふみ)
陸上自衛隊・元幕僚長。1951年生まれ。1974年に防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊に入隊。第1空挺団長、第10師団長、中部方面総監を経て陸幕長に。2011年に退官。現在は安全保障懇話会理事長、偕行社理事などを務める(写真:加藤 康)

 また、原発に水をかけるなど原発そのものへの対処は自衛隊の本来任務ではありませんでした。自衛隊法に原子力災害派遣が任務として定められています。これは避難民の誘導や要介護者の輸送、除染所の運営など、原発の周辺で行う任務を想定しています。自衛隊には原発の構内に入る権限すらありません。

 「原発が危険だ」という意識を持ったのは3月14日11時01分に3号機が水素爆発を起こしたときでした。テレビで状況を見て、「ん、何だこれは。原発が危険だ」と思いました。ここで認識を改めたのです。

 そして津波と原発を相手にした自衛隊の2正面作戦が始まりました。

2正面作戦にはどのような態勢を取ったのですか。

火箱:津波対処にはJTF東北*が、原発対処には中央即応集団(CRF)が当たりました。それまで福島県では、第12旅団が津波対処に当たっており、時折、東京電力からの要請を受けて水や油を提供したりしていました。ですが、原発に本格的に対処するとなると、空中機動に優れた12旅団はあるものの、十分な装備や専門知識を持った要員がいません。

*:JTFはジョイント・タスク・フォースの略。陸海空の3つの自衛隊を統合的に運用するための仕組み。JTF東北の司令官は陸上自衛隊の君塚栄治・東北方面総監。同氏の下に海上自衛隊横須賀地方総監と航空自衛隊の航空総隊司令官が加わる形を取った。

 中央即応集団に指示が出たのは、3号機で水素爆発が起きた直後の11時5分でした。中央即応集団は、ゲリラや特殊部隊、特殊武器による攻撃に対処する能力を持つ部隊で、機動運用部隊(第1空挺団、第1ヘリコプター団など)や各種専門機能部隊(中央特殊武器防護隊、特殊作戦群など)を麾下(きか)に置いています。中央即応集団の中央特殊武器防護隊、第一空挺団、中央即応連隊など500人からなる体勢をつくりました。

続きを読む 2/5 燃料プールを干上がらせるな

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