ウクライナの解体が始まる

プーチン大統領がウクライナで実質的な占領政策を行うとして、その範囲はどこまでになるでしょう。エカテリーナ女帝が獲得したウクライナ東部だけでしょうか。それともウクライナ全土となるでしょうか。

 いくつかの意見を耳にしました。1つは、仮に東部だけを勢力圏に収めた場合、西部はNATO加盟を目指すので好ましくないというもの。この場合はウクライナ全土が対象になります。もう1つは、名越さんが先ほど言及されたナチの流れをくむ過激派が残っており統治しづらいので、西部に魅力は感じていないというものです。この場合は東部だけを対象にすることになります。

名越:どちらになるかは分かりません。いずれのケースも考えられると思います。

 ただし、プーチン大統領はウクライナを解体する気だと思います。ゼレンスキー政権の打倒、親ロシア派政権の樹立と進んだ後、独立を承認した親ロ派支配地域をいずれはロシアに併合するとみられます。ドネツクとルガンスクを州単位で併合するでしょう。既に両州の州都を抑えていますから。2014年にクリミア半島を併合したときと同様に住民投票を経て手続きを進めると思いますが、いつになるかは分かりません。

戦略なきプーチン大統領の柔道外交

仮にロシアの傀儡政権がウクライナにできるとして、その首班にどのような人物が就くでしょうか。

名越:親ロ派のオリガルヒ(新興財閥)で野党指導者、メドベチュク氏の名前も挙がっています。プーチン大統領と親しく、大統領はメドベチュク氏の娘のゴッドファーザー(名付け親)でもあります。そのメドベチュク氏が昨年5月に逮捕されました。これはゼレンスキー政権がバイデン政権の意向に従ったものとみられ、それゆえ今回の軍事侵攻に至った原因の1つだという見方があります。

 確かに、バイデン大統領は2021年1月に就任して以降、ロシアを軽視する行動を相次いで取りました。同年3月には、プーチン大統領は「人殺しだ」との認識を示した。同月にまとめた暫定版の国家安全保障戦略では中国を「国際秩序に挑戦する唯一の競争相手」と位置づけ、ロシアを中国より低く見ていることを暗示しました。

 ウクライナのゼレンスキー政権はバイデン政権に倣うように、反ロシアの姿勢を強めました。2021年に入ると「ミンスク2合意を履行しない」との方針を明らかにした。同年8月にはクリミア奪還を議題とする国際会議「クリミア・プラットフォーム」を開催しています。

*:2014年から続くウクライナ紛争を停戦に導くもの。親ロ派武装勢力が実効支配する東部ドネツク州とルガンスク州に特別な自治権を与えることでウクライナのNATO加盟を阻止できる立て付けになっているとされる。

 そしてメドベチュク氏の逮捕は、このバイデン政権の意向に沿ってゼレンスキー政権が実行したとプーチン大統領はみている節があります。バイデン氏は副大統領時代にウクライナを6回訪れ、検察改革など内政干渉に近い圧力を加えていました。

 米国はロシアを軽視する。それを見たウクライナはつけ上がってミンスク2合意を履行しないと言い始める。両国一連の行動に、プライドの高いプーチン大統領は怒り、今回の軍事侵攻を起こすに至った面があると考えます。

 さらに、プーチン大統領はウクライナが経済的に発展し、ロシアより豊かになることを恐れてもいたでしょう。ポーランドやチェコなどの賃金が上がったため、ドイツをはじめとする西側の製造業はウクライナに製造拠点を移す動きを見せ始めたからです。ウクライナがNATOへの加盟を目指したのは、こうした投資が安全であることを西側の企業経営者や投資家に保証するための手段でもありました。

 今回のウクライナ侵攻は、例えるなら家庭内暴力のようなものだと思います。出て行こうとする家族を、ロシアが力ずくで強引に引き留めようとした「家庭内暴力」です。あるいは、既に別れた恋人にしつこくつきまとい、暴力を振るう悪質なストーカーです。

 プーチン大統領は決して戦略家ではなく戦術家です。その場、その場の状況に応じて動くところがある。カッときたら何でもやる恐ろしさがあります。2014年にクリミア半島を併合したときも「最初から併合する意図があったわけではない。その時その時の状況を見て適切に判断した」と語っていました。

 ロシアのウクライナ侵攻をめぐって「プーチン大統領は冷戦終結から今日に至る欧州の安全保障の秩序を改めようとしている」*との見方がありますが、それが難しいことは本人も知っているはずです。プーチン大統領の外交は「柔道」なのです。「柔よく剛を制す」よろしく、相手の出方に応じてとっさに自分の動きを決める。

*:NATOの東方拡大の停止を求めていることなどを指す

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