「ナチの残党」というあり得ないプロパガンダ

 一言で言えば、傀儡(かいらい)政権をつくって実質的な占領政策を実施するものです。このスケジュールが正しい情報かどうかは分かりません。しかし、これまでのところこのシナリオに沿って侵攻しているように見えます。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は停戦交渉の用意があるとしているようですが。

名越:ベラルーシ国境で始まるようで、ロシアも停戦交渉を望んでいるかもしれません。一方で、ウクライナの抵抗を弱める駆け引きかもしれません。プーチン大統領はこれまでウソばかりついてきました。「ウクライナに侵攻するつもりはない」と何度も繰り返していたのはその典型例です。

 ロシアは「中立的な地位について話し合うなら」と交渉の要件を挙げています。これも眉唾物です。「中立」の意味が異なるからです。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が「中立」という場合、永世中立を維持しているスイスや、NATO(北大西洋条約機構)に加盟していないフィンランドのような立場をいいます。

 これに対して、プーチン大統領は、ウクライナがNATOに加盟しないだけでなく「武装を解除する」という条件を付けています。ロシア語の「中立」には、無力化というニュアンスがあり、ウクライナの「非武装中立」を狙っているようです。

プーチン大統領は今回の「特別軍事行動」を進める理由として「中立化」に加えて「非ナチ化」にも言及しました。

名越:これは政権交代を意味しますが、皮肉な話です。

 プーチン大統領は「ゼレンスキー政権にナチの残党がいる。彼らがウクライナ東部のドンバス地域でジェノサイド(集団殺害)を実行している」という独特の論理を展開してきました。確かにウクライナ西部には過激派が存在します。1941~45年の独ソ戦においてナチスドイツの側につきソ連と戦った人々がウクライナに30万人ほどいました。その系譜を継ぐ反ロシアの勢力です。しかし、この勢力が東部でジェノサイドを実行した事実はありません。

 さらに、ゼレンスキー大統領は、ナチスドイツの迫害を受けたユダヤ人です。同氏の政権に「ナチの残党がいる」とするのは奇妙なプロパガンダです。

「ウクライナは神がロシアに与えた特別な土地」

この5段階からなるシナリオに沿って進むとして、その意図はどこにあるのでしょうか。

名越:プーチン大統領が抱く歴史観を実現することです。プーチン大統領はウクライナを独立国ではなく「ロシアの不可分の一部」と見ています。

 例えば2008年に米国のジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)と会談をしたときのこと。「ウクライナのNATO加盟を支持する」というブッシュ大統領に対し、プーチン大統領が「君は間違っている。ウクライナは国ではない。神がロシアに与えた特別な土地なのだ」と言ったとされます。

 それだけではありません。プーチン大統領は今年2月21日、ウクライナをめぐってソ連のかつての指導者を酷評しました。レーニンは、1917年のロシア革命後、ロシア人の住んでいた土地にウクライナ共和国を勝手につくったとの理由で。

 スターリンは戦後、現在のウクライナ西部をポーランドなど3カ国から奪い、ウクライナ共和国と一緒にしたとしています。ロシア固有の領土であるウクライナ東部と、他国の土地を同じに扱うな、という批判です。そして、フルシチョフについては、1954年にクリミア半島をウクライナに移管したこと責めました。

 いずれも、ウクライナを独立国ではなくロシアの一部とする歴史観の表れです。これらの発言から、プーチン大統領が侵攻した狙いは「ウクライナをロシアの事実上の一部」にすることだと分かります。よって、「ウクライナをNATOに加盟させない」というのは口実だと思います。ウクライナがNATOに入れないことは、ロシアも認識しているはずです。NATO加盟問題よりも、固有の領土の奪還という意識が強いと思います。

プーチン大統領のその歴史観はどこからくるものでしょう。ロシア人が一般に考えていることですか。

名越:プーチン大統領は就任後、歴史書を愛読するようになりました。そして帝政ロシア時代のピョートル大帝とエカテリーナ女帝を敬愛するようになったと言います。ピョートル大帝は、日本の明治維新のような改革をロシアで実行した人物です。西欧の技術文化を取り入れ、富国強兵を推し進めました。エカテリーナ女帝は南進政策でロシアの版図を拡大し、ウクライナ東部とクリミア半島をロシアに収めました。この2地域をロシアの勢力下に取り戻すことはエカテリーナ女帝の偉業を回復することになるわけです。

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