黒海をオホーツク海のような聖域に

以上の前提を踏まえて、2つのシナリオについてお伺いします。

長島:プーチン大統領は、本格的な軍事侵攻から限定的な小規模作戦まで、あらゆる軍事オプションを準備しています。私が注目する第1のシナリオは、オチャコフ(Ochakov)もしくはベルジャンスク(Berdyansk)という黒海・アゾフ海に臨む港湾地帯を占領することです。

 オチャコフはクリミア半島の西の付け根に位置する港湾都市。ベルジャンスクはクリミア半島の東側、アゾフ海の北岸に位置する港湾都市です。どちらもウクライナ領内にあり、米英の支援を得てウクライナが軍港化を進めています。これらの港を含む沿岸、海域からNATO海軍力の影響を排除することは、作戦上の緊急性と重要性があります。

 背景には、ロシアが地政学でいうところのランドパワーとしての性格を強く有していることがあります。

ユーラシア大陸の内陸部に位置するロシアは、大陸国家であり、さらなるパワーを求めて海洋進出を図る特性を持つとされます。過去の大きな争いは、このランドパワーとその拡大を抑えようとするシーパワーとの衝突という性格を帯びてきました。

長島:ランドパワーであるロシアは難攻不落の要塞と呼ばれる戦略要衝にあるのは事実ですが、これまでも不凍港を求めて南下政策を取ってきました。現在はバルト海に面したカリーニングラード、日本海に臨むウラジオストクなどがロシア領内の不凍港として挙げられます。加えて、シリアのタルトゥース港を使用できるよう同国政府と合意しています。

ロシアはロシア黒海艦隊の基地をクリミア半島の先端セバストポリに配置しています。これがあるがゆえに、ロシアは同半島を併合したわけですね。ウクライナがNATOに加盟して、この基地が使用できなくなれば、ロシアは黒海から地中海を経て大西洋に抜ける海洋ルートを利用できなくなってしまいます。

長島:確かにそのとおりです。

 せっかくセバストポリを手中に収めたのに、そのすぐ西隣のオチャコフや東隣のベルジャンスクに西側の軍港ができればロシアにとって面白い話ではありません。黒海艦隊の行動が制約を受ける恐れがありますし、セバストポリの安全も脅かされかねません。

 ロシアとしては、黒海から西側勢力を追い出し、オホーツク海のように聖域(軍事要塞)化したいのだと思います。

ロシアはオホーツク海に戦略核兵器を搭載する原子力潜水艦を配備して、核抑止の要にしています。核による先制攻撃を受けても、隠密性に優れる潜水艦が残れば、反撃に転じることができる。新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「ブラバ」を搭載するボレイ級原子力潜水艦を、ウラジオストクを拠点とする太平洋艦隊に配備する予定です。

長島:ベルジャンスクについては、ウクライナ東部の独立を承認した地域に派遣するロシア正規軍とクリミア半島に駐留するロシア正規軍で挟み撃ちにすることができるでしょう。プーチン大統領がドネツクとルガンスクへの派兵命令を出したのは、こうした狙いがあるのかもしれません。

 黒海をめぐる行動はロシアにとって、費用対効果においてコストの大きいものではありません。クリミア半島併合という既成事実の延長線上にある軍事オプションであり、しかも、西側がいかに反応するかを確かめながら進めることのできる選択肢と言えるでしょう。

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