今が「好機」である3つの理由

では、プーチン大統領はなぜ今、ウクライナで緊張を高めているのでしょうか。

長島:いくつか背景があります。

 1つは、ウクライナのNATO加盟をめぐる動きです。NATOは6月にスペイン・マドリードで首脳会議を開き、戦略指針を改定する予定です。同指針はおおむね10年に一度見直すNATOの基本戦略で、日本の国家安全保障戦略のようなものです。この一環として、例えば、ウクライナを「加盟のための行動計画(MAP=Membership Action Plan)」に参加させるような動きが始まっているとロシアが感じ取ったのかしれません。

MAPは、ある国がNATO加盟国となるための準備を支援するプログラムですね。MAPへの参加が決まれば、ウクライナのNATO加盟が一歩前進することになります。2008年にもウクライナのMAP参加が議論されましたが、ドイツとフランスが反対して見送られた経緯がありました。理由の1つが、NATOとロシアとの関係悪化につながりかねない、でした。

長島:第2は米国の動きです。中国を念頭にインド太平洋地域を重視する姿勢を打ち出す中、欧州における米国のプレゼンスが縮小しています。オバマ政権が2013年に「世界の警察官」ではないと宣言。トランプ政権は「アメリカ・ファースト」を掲げて、米国の欧州防衛に対する信頼性を損ないました。

 バイデン政権になってもこの傾向は期待されたほど改善していません。今回も同政権が発信するメッセージには好ましくないものがいくつもあります。例えば、1月21日にバイデン大統領自ら、ロシアによるウクライナ侵攻が小規模なら代償も小規模にとどまる可能性を示唆しました。これはNATO内でも物議を醸しました。

 また、ウクライナ国境付近で緊張が高まる中、ロシアに対する経済制裁の可能性を繰り返す一方で、米国による軍事行使の可能性は早くから明確に否定するなど、米国の積極的なコミットメントを期待していた欧州諸国の失望を強める結果になっています。2014年のクリミア併合時と同様に、ロシアへの経済制裁は、西側諸国にとってもろ刃の刃です。ロシアへの効き目は期待できず、制裁効果を強くしようとすれば、それは西側諸国の経済への悪影響になってしまいかねません。米欧同盟は、軍事的な危機に直面する中、大きな転換点を迎えていると言っても過言ではないでしょう。

 米国が軍事技術においてロシアに後れを取っているのも、プーチン大統領の判断に影響しているでしょう。米国は冷戦後も、イノベーションを通じて軍事能力面での優位性を確保してきましたが、例えば、最新の極超音速滑空体(HGV)の開発において大きな後れを取っています。ロシアはミサイル防衛網を突破し得る長射程戦略兵器「アバンガルド」を2019年に既に実戦配備。今回のベラルーシとの合同演習「同盟の決意2022」でもその他の各種HGVの実戦能力を見せつけました。これに対して米国は、HGVの試験で失敗を繰り返していて、まだ開発の途上にあります。

 中距離ミサイルについても同様です。米国は中距離核戦力(INF)廃棄条約の違反を繰り返すロシアに対して、同条約が課す義務の履行を停止すると2019年2月に表明。同条約は失効しました。しかし、米国の中距離ミサイル開発は終了しておらず、欧州への配備についても予定が立たない状況です。

 第3はロシアの事情で“クリミア効果”が薄れていること。2014年にクリミア半島を併合したことで、プーチン大統領の支持率は上昇に転じました。

60%強に下がっていた支持率が68%に上昇したと報じられました。

長島:この効果が薄れてきているので、歴史的な長期政権を目指すプーチン大統領としては、対外的に強硬姿勢を示すことで国民の愛国心を改めて鼓舞し、自身の求心力をより強化する必要があります。

 ただし、「今が好機」という面はあるものの、プーチン大統領は様々なコストを計算して、軍事作戦を短期集中型のものにとどめると考えます。米欧が本格的な経済制裁に進めばロシア経済が大打撃を受けます。これはプーチン大統領としても避けたいところです。また、軍事作戦が長期化すれば、兵士や装備への被害も大きくなり、国内世論の変化にも敏感にならざるを得ません。これもロシアが避けねばならないことだと思います。

 そのためにも、NATOが展開するバトルグループ(戦闘群)と直接戦闘する可能性はできる限り排除し続けるでしょう。バトルグループは現在、バルト3国とポーランドで活動しています。2月16日のNATO国防相会議では、ルーマニアに新たな部隊を配備することが決まりました。

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