緊急事態宣言が経済に及ぼす負の効果は2.4兆円に及ぶ(写真:Pasya/アフロ)
みずほ証券のチーフエコノミスト、小林俊介氏は2021年の経済成長率を1-3月期から順に▲6.6%、7.1%、2.5%、0.8%と見込む。前半は、巨額の財政出動により“バランスシート好況”が到来する。バブル崩壊のときとは正反対の現象だ。特別定額給付金などの給付は、家計の貯蓄を28兆円も拡大させた。しかし、後半は失速する懸念がある。集団免疫の獲得が進まず、景気の回復を遅らせる恐れがある。欧米に比べ低かった致死率が、ワクチン接種への姿勢を慎重にさせる皮肉な現象が起きている。これを補う大規模な財政出動を何度も行う余裕はない。
(聞き手:森 永輔)
小林俊介(こばやし・しゅんすけ)
みずほ証券エクイティ調査部チーフエコノミスト
専門は日本経済・世界経済・金融市場分析。2007年、東京大学経済学部を卒業し、大和総研に入社。2013年に米コロンビア大学および英ロンドンスクールオブエコノミクスで修士号を取得。日本経済・世界経済担当シニアエコノミストを経て、2020年8月より現職。(写真:加藤 康、以下同)
内閣府が2月15日、2020年10-12月期のGDPが前期比年率12.7%と発表しました。小林さんはこれを踏まえて、2021年1-3月期以降の推移を推定されました。直近の2021年1-3月期のGDPは前期比年率▲6.6%。以降は順に7.1%、2.5%、0.8%と予測しています。
これらの数字の背景を2021年前半(1-6月期)と後半(7-12月期)に分けてお話しいただけますか。
小林俊介チーフエコノミスト(以下、小林):2021年1-6月期は、1-3月期こそ緊急事態宣言の影響を受けてマイナス成長となるものの、期を通じて底堅いものになると見ています。これを支えるのは、財の代替需要、製造業の在庫復元、そしてワクチン接種の開始をトリガーとするサービス業の回復です。
飲食・旅行への需要が家電にシフト
財の代替需要というのは何ですか。
小林:緊急事態宣言で外出自粛が要請されたのを受け、旅行や飲食などサービスへの需要が減退しました。ただし、外出自粛はその一方で「巣ごもり消費」を生み出し、耐久消費財の購入を促したのです。これを財の代替需要と呼んでいます。2020年10-12月期ごろから顕著な伸びを示し始めました。
この財への需要拡大が、製造業を在庫の復元に走らせました。2020年4月に最初の緊急事態宣言が発出された後、企業は状況を過度に悲観し、猛烈な減産を実行した。ところが、企業が予想したほど需要は減退せず、その結果、在庫が払底してしまいました。今後しばらく、在庫を復元するための増産が続くとみられます。
旅行や飲食などサービス需要の減退は深刻ですね。
小林:ええ。ただし、気候が温暖湿潤化し、ワクチン接種の普及も含めて感染収束への期待が高まれば、4-6月期から回復に向かうのではないでしょうか。GoToキャンペーンも再開する機をうかがうことになります。
1月に発出された2度目の緊急事態宣言の影響をどう評価しますか。
小林:みずほ証券は2.4兆円、四半期のGDPに対して約2%減の影響とはじき出しました。仮に緊急事態宣言が出されなければ、前期比年率で1.5%程度の成長をしていたと見込まれます。
ただし、現実には2.4兆円よりもっと小さい金額ですむかもしれません。この試算は、2020年4月の緊急事態宣言で生じた影響をモデルに試算しているからです。昨年4月は、消費が5兆円減少させる打撃力を持つものでした。今回の緊急事態宣言は前回と比べて、対象とする都道府県が少なく、要請される内容も緩くなっています。
前回は、対象とする都道府県が全都道府県に拡大しましたが、今回は2月24日時点で10都府県にとどまります。経緯を追うと、前回は2020年4月7日に7都府県を対象に発出した後、4月16日に対象を全都道府県に拡大しました。今回は1月7日に首都圏の1都3県を対象に発出。同13日に対象を拡大したものの11都府県にとどまりました(このうち栃木県は2月2日に解除)。
小林:要請も、今回は飲食店を対象とする20時までの時短が主です。前回はさまざまな商店が閉じていました。
消費者のマインドも、2度目の緊急事態宣言とあって前回ほど深刻ではありません。前回は先行きが不透明なため、この先の雇用や賃金への不安が大きくのしかかりました。そのため耐久消費財の需要がとまってしまった。今回は耐久消費財は好調です。「ハワイに行けない分、新しい家電を買おう」という消費者がたくさんいるのですね。ホワイトカラーを中心に在宅勤務が広がり、暮らしは思ったより安定しているからです。もちろん飲食や旅行など一部の産業に負担は偏重していますが。
耐久消費財の売れ行きは2020年12月の時点で、新型コロナ危機が始まる前の最高水準を超え、2019年10月に消費税が増税される前のレベルに迫りました。
バブル崩壊時と正反対の“バランスシート好況”が起きた
7-9月期以降はGDPの伸びが縮小していく見立てですね。
小林:7-9月期以降は、これまでにお話しした景気の下支え要因が反転すると考えられるからです。つまり、財のコロナ特需、製造業の在庫復元が雲散霧消し、ワクチン接種が促すサービス需要の回復が停滞するかもしれない。ここで注意しておかなければいけない事実は大きく2つ。政府による財政出動がいずれ終了すること、その一方で、コロナの感染を完全に収束させるのに時間がかかることです。2021年後半の動向は、政府の財政判断と、コロナ禍の収束の進み具合次第ということになります。
財のコロナ特需、製造業の在庫復元を下支えした根本要素は、特別定額給付金や雇用調整助成金をはじめとする財政出動でした。政府は両者を合わせておよそ15兆円を給付しました。このお金が雇用を支え、国民の所得を維持し、財のコロナ特需を生み出したのです。これから回復が見込まれるサービス需要も、所得が維持されてこそ実現できます。これに加えて、日銀・政府による果敢な貸出支援と金融市場の安定化政策が、家計と企業の資金繰りを支えています。
1990年代初頭にバブル経済が崩壊した後に生じた「バランスシート(BS,貸借対照表)不況」と正反対の現象、“BS好況”が起きているわけですね。BS不況の当時は、株価と不動産価格が暴落してキャピタルロスが発生。企業の自己資本を食い潰していきました。中には債務超過に至った企業もあります。切り詰めが必要となった企業は雇用や人件費を抑え込むことで対処せざるを得なかった。これが、消費をはじめとする需要の停滞を招きました。この悪循環の結果として、企業の損益計算書(PL)に赤字などネガティブな数字を書き込ませることになったわけです。
これに対して“BS好況”では、政府が大規模な財政出動を実施し、需要を維持しました。安倍政権が2020年に実施した経済対策は、事業規模で234兆円、財政支出で69兆円に及びます。このうち、およそ3分の1を特別定額給付金や雇用調整助成金、持続化給付金に回しました。
これによって、産業全般でみれば人員削減をする必要はなく、雇用は維持できている。個人は所得に対する不安がないため、消費を維持することができたわけです。もちろん、一部の産業は厳しい状況にありますが。
大規模な財政出動は、日本の家計の消費を支えるとともに、貯蓄を28兆円拡大させました(2020年9月時点、四半期ベースの前年同期比)。内訳は、特別定額給付金などとして得た約15兆円と、サービス消費を抑えることで生じた約13兆円です。株高の影響を受け、家計が保有する金融資産も49兆円増えています(2020年9月時点、前年同月比)。
集団免疫の獲得に時間がかかる日本の皮肉
2021年後半に同じ規模の財政出動を再び実施するのは容易ではないでしょう。「財政の崖」の到来を覚悟する必要があります。
その一方で、次の冬にかけて、新たな感染拡大に直面するリスクが否定できません。
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