海警局は法執行機関なのか、それとも軍隊なのか

海警局は法執行機関なのか、それとも軍隊の一部なのか、識者の意見が分かれています。小原さんはこの点をどのようにみますか。海警局が2018年に、中国共産党中央軍事委員会の傘下に入ったことから「軍隊の一部を成す」という見方があります。

小原:海警法は、海警局を法執行機関と位置づけています。加えて、海警の上部組織である人民武装警察部隊(武警)についても同様に法執行機関としての性格を強調しています。海警が党中央軍事委員会の配下にあっても、それをもって軍隊の一部とするのは適切ではないのではないでしょうか。米国の沿岸警備隊も組織としては海軍の配下にあります。

 ただ、主権の侵害に対処するのは、法執行機関の役割を超えているとも考えられます。また、「海警法」第83条は、「国防法」「人民武装警察法」、中央軍事委員会の命令に基づいて防衛作戦などの任務を執行するとされていますので、状況に応じて海軍の機能の一部として行動すると考えられます。

 そもそも、中国は法執行機関と軍隊を厳密に分けて考えていないのです。例えば、尖閣諸島周辺で活動する海上保安庁の巡視船艇を「軍艦」と呼ぶことがあります。海警局の運用を「日本から学んだ」とも聞きました。日本は海上保安庁の巡視船艇は白く、海上自衛隊の護衛艦などはグレーに塗り、法執行と軍事行動を厳格に区分しています。中国は、白く塗ったコーストガードの活動は軍事行動ではないと主張できると理解したのです。

 中国は、政府組織でない民間でさえも軍事作戦に動員することができます。海警局が同様に動員されるのも意外なことではありません。

 加えて、海警局と海軍がどれだけ連携できているのかは不明です。海軍が海警局をコントロールすべく努力していることは、人事などから読み取ることができます。例えば、海軍の軍人が海警局に異動するなどしている。

 しかし、両者では組織としての文化が異なります。実際、2012年10月に実施された「東海協作」という中国海軍と海監・漁政の合同演習の内容は、作戦レベルで協働するようなものではありませんでした。海警局は「海監」(国土資源部国家海洋局)、「海警」(公安部辺防管理局)、「漁政」(農業部漁政局)、「海関」(海関総署)など海上における法執行機関を2013年に統合したものです。2014年には中国で、海警局への統合がうまくいっていないという報道がされています。この組織が海軍と本当に統一行動が取れるのかよく分かりません。

 現実の行動をみると、海警局と海軍とは役割を分担していると考えられます。2016年に数百隻の中国漁船が尖閣諸島周辺に押し寄せたことがありました。海警局の公船がこれに同行して、漁船の管理を担当。中国がこの地域で経済活動を行っており、それを中国の政府が適切に管理している、ということを誇示する狙いでした。中国の管轄権が及ぶ海域であるというアピールです。このとき、海軍の軍艦は周辺に待機しており、何かダメージを受ける事態に備えていました。

太平島を占領し、米国の出方をみる

 台湾の武力統一という観点からみるならば、海警局ではなく人民解放軍が動くことが考えられます。法執行という名目ではなく、台湾の独立阻止・統一を狙いとする行動です。

 ただし、人民解放軍も近い将来に大規模な軍事行動を始めるのは考えづらいと思います。米軍が武力介入する公算が大きいからです。中国が台湾の武力統一をめぐって恐れているのは米軍の介入です。これだけは、絶対に避けなければならない。

 言い方を変えれば、中国が台湾を武力統一するか否かは米国の出方しだいです。よって、米国の出方をみるための軍事行動を中国が取ることは考えられます。

 そのときに対象となるのはどこか。

 いの一番に頭に浮かぶのは金門島ではないでしょうか。

金門島は中国大陸からわずか10kmの位置。国共内戦の間は、金門島と大陸との間で砲撃戦が交わされました。

小原:その金門島に中国が再び砲弾を撃ち込むのか。

 私はそうは思いません。現在の金門島は飲料水をはじめとする生活インフラを大陸に依存しています。ここを屈服させるのに、武力を使う必要はないからです。

 代わりに考えられるのが、太平島への上陸、占領です。南沙(スプラトリー)諸島に位置しており、同諸島において唯一、水が得られる。台湾が実効支配しており、空軍の基地を置いています。

 同島は台湾本島から1500kmほど離れており、台湾本島に配置されている台湾軍の部隊が援軍に駆けつけるには時間がかかります。台湾が擁する戦闘機*の作戦半径ぎりぎりの場所なので、戦闘に避ける時間はほとんどありません。また、中国が台湾に軍事的圧力をかけていれば、台湾軍は本島を離れることさえ難しいでしょう。

*:F-16戦闘機の作戦半径は1370km

 中国が太平島を占領したときに米国がどう出るか。中国は台湾武力統一の可否を判断するにあたって、それを見たいのではないかと推測します。

(「バイデン時代の米中、中国が描く3つのシナリオと新型大国関係」に続く)

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