西太平洋での作戦展開が現実味を増した
「なぜ、この時期に台湾有事が注目されるのか」を考えるに当たって、台湾の地政学的重要性や地経学的重要性に変化が生じていることは考えられますか。
小原:あると思います。これにも2つの側面があります。1つは、中国海軍が外洋作戦を展開する能力を高め、西太平洋に進出することの現実性が高まったこと。能力を身につければ、日本や米国に探知や邪魔をされることなく太平洋に出るための道を確保したくなります。中国はかねて「第1列島線は中国を縛る鎖であってはならない」と言っていました。この言葉の重みがより増したのです。台湾を統一し正面玄関とすることができれば、現在は「鎖」となっている第1列島線は中国を地理的に囲い込むものではなくなります。
中国は2004年に苦い経験をしています。091型(ハン=漢=級)潜水艦が沖縄県・石垣島と多良間島の間の日本の領海を潜没したまま航行して侵犯しました。このとき、日本の海上自衛隊の哨戒機や護衛艦がこれを探知し、領海を出るまで追尾したのです。
潜水艦は隠密性が高く、どこにいるか分からないことに価値があるのに、みつかってしまったわけですね。
小原:潜水艦が持つ力を生かせなかったのですから、中国は不満を感じたことと思います。第1列島線を「やっかいな存在」と痛感したことでしょう。
このことは中国の対米核抑止力にも関わります。中国が実戦配備する潜水艦発射弾道ミサイル「JL-2」は射程が8000km程度。よって、これを搭載する094型(ジン=晋=級)戦略原子力潜水艦は西太平洋まで出ないと、米本土に届かせることができません。それなのに、第1列島線を越えるときから、日本の海上自衛隊や米艦隊にみつかって追尾されれば、役目を果たすことができません。太平洋への玄関を確保することが不可欠なのです。
もう1つは、米海軍の動きを抑えることができるようになることです。先ほどお話ししたように、南シナ海で活動する米海軍の艦船はバシー海峡を通過します。中国人民解放軍が台湾に基地を置くことができれば、地対艦ミサイルなどを配備して米海軍の通過を妨害することが容易になります。そうなれば、以前より容易に、南シナ海をコントロールできるようになる。
この点も、中国の対米核抑止力と関連します。先ほど言及した晋級潜水艦を中国は4隻保有しており、いずれも南シナ海に浮かぶ海南島の基地を拠点にしているからです。
中国海軍が能力を増し、西太平洋での活動が現実味を帯びたのはいつからでしょう。それを象徴する出来事はありましたか。
小原:艦船を大型化できたのが大きいでしょう。象徴的なのは、054型フリゲート艦を自国開発できたことです。同艦は4000トン弱の大きさがあり、外洋で行動することが可能です。1番艦を2003年に就役させました。現在は054型の改良型である054A型を大量生産しています。
中国海軍は空母の建造にも力を入れています。これも外洋での活動を意識したものですか。
小原:中国海軍は空母がなくても、現実として太平洋に展開する能力を高めてきました。ただし、中国海軍は「空母機動部隊を備えることで初めて米海軍に対抗できる」と考えています。なので、最初の空母である「遼寧」を2012年に就役させたことが、第1列島線を越えて太平洋に展開するという意識を高める効果はあったと考えます。
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