中国海警局の巡視船。海警法の施行により、その法的位置づけに懸念が生じている。巡視船なのか、軍艦なのか(写真:ロイター/アフロ)
中国海警局の巡視船。海警法の施行により、その法的位置づけに懸念が生じている。巡視船なのか、軍艦なのか(写真:ロイター/アフロ)

(「バイデン時代の米中、中国が描く3つのシナリオと新型大国関係」も併せてお読みください)

国際関係や安全保障の専門家が台湾有事について頻繁に言及するようになった。それはなぜなのか。中国の安全保障政策に詳しい小原凡司・笹川平和財団上級研究員は3つの背景があるとみる。中国による台湾武力統一は現実となるのか。「冷武統」という新たなキーワードが登場した。注目すべきは、南シナ海に位置する太平島に向けた中国の動きだ。

(聞き手:森 永輔)

今日は台湾有事について、おうかがいします。最近、国際関係や安全保障の専門家と話をすると、必ずこの話題が登場します。なぜいま台湾有事なのでしょうか。

小原:大きく3つの背景があると考えます。第1は、2017年に、米国にトランプ政権が誕生したこと。ドナルド・トランプ大統領(当時)が台湾防衛への関与を強める意向を鮮明にしたからです。それまでは、中国国内で武力統一が話題になることは少なくなっていました。

トランプ政権は、2017年1月の発足から2020年10月までに、合計9回、総額174億ドルの武器を台湾に売却しています。

<span class="fontBold">小原 凡司(おはら・ぼんじ)</span><br />笹川平和財団 上席研究員<br />専門は外交・安全保障と中国。1985年、防衛大学校卒。1998年、筑波大学大学院修士課程修了。1998年、海上自衛隊第101飛行隊長(回転翼)。2003~2006年、駐中国防衛駐在官(海軍武官)。2008年、海上自衛隊第21航空隊副長~司令(回転翼)。2010年、防衛研究所研究部。軍事情報に関する雑誌などを発行するIHS Jane’s、東京財団を経て、2017年10月から現職。(写真:加藤 康 以下同)
小原 凡司(おはら・ぼんじ)
笹川平和財団 上席研究員
専門は外交・安全保障と中国。1985年、防衛大学校卒。1998年、筑波大学大学院修士課程修了。1998年、海上自衛隊第101飛行隊長(回転翼)。2003~2006年、駐中国防衛駐在官(海軍武官)。2008年、海上自衛隊第21航空隊副長~司令(回転翼)。2010年、防衛研究所研究部。軍事情報に関する雑誌などを発行するIHS Jane’s、東京財団を経て、2017年10月から現職。(写真:加藤 康 以下同)

小原:そうですね。第2は香港の動向です。中国は香港民主派の動きに厳しく対応しました。これを見た台湾の人々は、一国二制度に対する不信感を高めた。これを追い風にして、民進党の蔡英文氏が再選をかけた2020年1月の総統選挙で圧勝したのは記憶に新しいところです。

蔡英文総統は2020年5月、「1つの中国」は受け入れられないと明言しました。

小原:はい。中国から見ると、平和的統一が難しくなったわけです。そうすると、武力統一という選択肢が浮上することになります。

 第3は、中国の政治日程です。2022年に第20回党共産党大会が予定されています。習近平(シー・ジンピン)国家主席が3期目を目指すならば、このときまでに実績を上げる必要がある。「領土の統一を完了した」と言うことができれば、大きな成果になるでしょう。

 そして、現実的な動きとして、中国軍機が昨年から台湾の防空識別圏に侵入する事態が非常に増えています。中国にとって目的は2つあります。1つは台湾に対する軍事的圧力を高めること。昨年の9月、米国のキース・クラック国務次官が台湾を訪れたときは、18、19日と連日、20機を超える中国軍機が台湾の防空識別圏に侵入しました。特に18日は、北、北西、西、南西と4方面から侵入しています。これは、台湾を空爆する能力があることをみせつけるためだったとみられます。

 台湾空爆を意識していることは、中国軍機の機種からも見て取れます。今年1月23~24日にも中国軍機が台湾の防空識別圏に侵入。23日に侵入した中国軍機の中には、H-6K爆撃機やJ-16戦闘機が多く含まれていました。H-6K爆撃機は巡航ミサイルを搭載できる大型の爆撃機、J-16戦闘機も弾薬やミサイルを大量に搭載できる戦闘爆撃機です。さらに電波妨害機も加わっていました。電波妨害機で台湾の防空システムを無力化し、爆撃機で攻撃する、というシナリオを示唆したわけです。

 もう1つの目的は米艦隊や米軍機への対応です。同艦隊が南シナ海に向かう際、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡を通過します。これを警戒するために戦闘機が発進した。

 例えば、昨年6月に中国軍機が9日連続で台湾の防空識別圏に侵入したことが話題になりました。ちょうどこのとき、米軍が周辺で動いていたからです。バシー海峡が目標なので、中国軍機の侵入は台湾の南西方面に集中していました。こうした動きに焦点を当ててみれば、米中の軍事的緊張はすでに高まっているといえます。

次ページ 西太平洋での作戦展開が現実味を増した