振り返れば、2009年には、日中が共同開発で合意していた東シナ海のガス田「樫」(中国名・天外天)において、中国が単独で掘削していたことが判明しました。さらに遡れば、中国は1992年に領海法を制定し、尖閣諸島を中国の領土であると定めています。

中林氏:日本に比べて米国は鈍感でした。中国を脅威と捉えるどころか、対テロ戦争をともに戦うパートナーと位置づけていたのですから。中国に対するエンゲージ政策が間違いだったと明確に位置づけたのはトランプ政権になってからです。それを、現在のバイデン政権が引き継ぎました。今は共和党、民主党を問わず超党派で中国の脅威を理解しています。

 第1のポイントである日本の政策転換は、中国がもたらす脅威に早くから気づいていた日本が、ロシアのウクライナ侵攻を契機に主体的に行いました。米国にせかされて、いやいや決めたものではありません。この意味で大きな変化と言えます。他方、日本はこの脅威について米国への説得に努めてきた。それが、統合抑止という青写真の策定につながったわけです。その背景に、第2のポイントである米国の変化があります。

なぜ、ガイドラインの改定に踏み込まなかったか?

 1つ、課題として残ったのは、「日米防衛協力の指針」いわゆるガイドラインの改定です。日米2プラス2でも首脳会談でも言及されることがありませんでした。実際の改定は将来の課題にするとしても、「改定を進めることで合意した」と合意文書に盛り込むべきだったと考えます。改定すること自体が、統合抑止に向けて日米が本気であることを示す象徴となるからです。

*=日米が防衛協力する際の基本的な枠組みや方向性について定めた合意文書。法的拘束力はない

この点は気になりました。うがった見方かもしれませんが、私は次のことを考えました。岸田政権が国内世論をおもんぱかって、ガイドラインの改定に触れないことにした――。

 理由は、2015年に改定された現行のガイドラインの中に、存立危機事態において日本が戦闘に参加するとは限らないという趣旨の記述があることです。

 存立危機事態は、(1)日本と密接な関係国に武力攻撃が発生し、(2)日本の存立が脅かされるなどの明白な危険があるケースで、武力行使以外(3)他に適当な手段がない場合。政府がこの事態を認定すれば、武力行使ができるようになります。

 ガイドラインは、日本政府が存立危機事態を認定したものの、日本が武力攻撃を受けるに至っていないとき、日米が協力して行う作戦として以下を挙げています。(1)アセットの防護、(2)捜索・救難、(3)海上作戦、(4)弾道ミサイル攻撃に対処するための作戦、(5)後方支援――。(1)~(5)はいずれも直接の戦闘行為を指すものではありません。

 ガイドラインを改定するならば、台湾有事が現実となり日本政府が存立危機事態を認定したときは、日本が攻撃されていない状態でも、日本は戦う――。こうした趣旨の文言への差し替えを議論することになります。

 そうなると、日本国内で反対の声が上がる可能性があるでしょう。岸田政権は防衛費の増額を増税で賄う方針を打ち出しました。これに対し、野党が反対を表明しています。NHKが1月7~9日に実施した世論調査でも「反対」が61%に上りました。岸田政権は、こうした世論の動向を鑑みて、民意をさらに刺激しかねないガイドラインの改定を持ち出すのは得策でないと判断したのではないでしょうか。

中林氏:その可能性はあり得ると思います。

 米国の視点に立てば、日本が戦う姿勢を明確にする方が好ましいでしょう。日本の強いコミットメントを感じると考えます。また存立危機事態は「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」です。日本が戦わないとすれば不思議な話です。戦う意志を示さなければ抑止になりません。

 しかし、岸田政権の視点に立てば、事の重要性を鑑みて、慎重・着実にならざるを得ないのも理解できます。

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