決済の遅延は「命の問題」

手形交換の見切り発車はどのような措置だったのですか。

遠藤:金融特別措置と市中金融機関への店舗貸しは小口決済を円滑にするための措置です。これに対して手形交換は、企業間の大口決済を滞らせないための施策です。このときは、交換所の隣のビルが地震のため交換所の建物に倒れかかり、安全確保のため手形交換が停止していました。金融機関間で手形交換ができなければ、企業は手形を現金化することができず困ります。

 苦慮していたとき、神戸が地元のさくら銀行(現三井住友銀行)が栄町支店のスペースを提供してくれるとの吉報が届きました。これによって交換所を再開することができます。ところが、市中金融機関の中に、「要員を確保できない」ことを理由に参加を見送ると連絡してくるところがありました。これでは参加しない金融機関に持ち込まれた手形は交換されず、不平等が生じてしまいます。

 かと言って、手形交換の再開を遅らせれば、それだけ多くの企業が困ることになる。日銀本店の信用機構局からは「関東大震災のときでも、東京は1週間で手形交換を再開しましたよ」とのプレッシャーがかかりました。判断に苦しみましたが、そこは多数の利益を重視して、1月24日に再開することを決定し市中金融機関に通知しました。

 24日の午前9時に実際に再開するため、もう1つ解決しなければならない問題がありました。震災のため、決済の済んでいない神戸払いの手形4万枚が大阪の交換所にたまっていたのです。これに23日の夜間交換分を加えたものを、24日の午前1時までに神戸の交換所に運び入れる必要がありました。大阪の夜間交換が終わるのは23日午後9時。当時の道路事情では6~7時間かかることが想定されました。

 そこで私は兵庫県警察本部の滝藤浩二本部長(当時)に、パトカーで輸送車を先導してくれるよう依頼しました。

 滝藤本部長に電話すると、同氏は私に「県民の命にかかわることですか」と問いました。私は迷わず答えました。「そうです。手形が交換できなければ神戸の経済が動きません。そうなれば、人の命にもかかわってきます」。

新型コロナ禍が続く中で、自殺者が増えています。非正規で働く人や自営業者の生活が追い詰められていることが理由との見方があります。

遠藤:そうですよね。滝藤本部長は「分かった。手配します」と即決してくれました。

 ただし、実際の手順を詰めていくと、新たな問題が明らかになりました。パトカーがサイレンを鳴らして先導したとしても移動には3~4時間かかるとのこと。午後9時の夜間交換終了を待っていては、間に合いません。そこで大阪銀行協会と協議し、午後8時に繰り上げ終了することで移動時間を稼ぎました。この協議では、同協会の紺野邦武専務(当時)が力を貸してくれました。

 滝藤本部長といい紺野専務といい、日ごろの付き合いが危機を乗り切るのに重要な役割を果たしました。これは、大きな教訓だと思います。滝藤本部長とはときどき杯を酌み交わす仲でした。実は、警察本部長や日銀支店長といった公職に就く者は、民間の人々を飲食することがはばかられています。ほかには裁判官や検察官、神戸では税関などが同様の立場です。このため、環境を同じくする人たちが集まって、食事することなどがありました。

 紺野専務は日銀の先輩です。私が営業課長として神戸支店に勤務した際、支店次長を務めておられ、気心が知れていました。

後編に続く)

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