何を置いても金庫を開け!

日本銀行の神戸支店長だった遠藤さんは、なんとか支度を整えると同支店に急ぎました。最も心配したのはどんなことでしたか。

遠藤:金庫の扉を開けることができるかどうかでした。9時の開店時間になれば、地域の市中金融機関が必要なお金を求めて支店を訪れます。日銀神戸支店は100畳ほどの広さの金庫部屋を設置しており、これに備えていました。

 また、この日は官庁の給与支払日。神戸にある中央官庁が紙幣を取りに訪れます。当時は、給料袋に現金を入れて支給していましたから。このときに、金庫が開かず、お金を供給することができなければ、日銀の使命を果たすことができません。

 金庫を開けるときには緊張のあまり手が震えました。1回目は失敗。「やはりだめか」との思いがよぎり、頭の中が真っ白になりました。しかし、ひと呼吸おいて、手順を振り返ると、操作ミスの可能性に気づきました。そして、2度目のチャレンジ。これに成功し、無事に扉を開くことができました。

 しかし、中を見て仰天しました。目に入ったのは、整然と並べられていたはずの現金収容箱が崩れ落ち、乱れ散った跡でした。

 中には破損している箱もありました。現金収容箱は強化プラスチックで作られていて非常に頑丈。2億円分の紙幣を入れて、東京・日本橋にある日銀本店ビルの10階から下に落としても壊れない仕様であるにもかかわらず、です。1万円札は1枚1グラムの重さがあります。2億円入っていれば、それだけで20キロ。これが地震のために空中を飛び、ぶつかりあって破損したのでした。もし、地震が勤務時間中に起きて、中で作業している職員がいたら即死していたでしょう。

 金庫内の整理に時間は要するものの、9時までに開店できるめどが立ち、ほっとしました。

マニュアルと訓練の大切さを痛感

お話をうかがっているこちらもドキドキします。

遠藤:ところが、この後に予期せぬ関門が待っていたのです――支店長室の扉が開けられない。開店できても、支店長室に保管している照合用の印鑑簿がなければ、市中金融機関とお金のやりとりができません。

 日銀と市中銀行とのお金のやり取りは日銀ネットを介して、電子的に処理していました。しかし、これが動かない。よって手作業で処理する必要が生じました。

 例えば、相手が第一勧業銀行(当時、現みずほ銀行)としましょう。手作業になると、同行の神戸支店長が押印した小切手を持って、担当者が日銀を訪れます。これの真正性を確認するため、印鑑を照合します。この照合用の印鑑簿は日銀神戸支店の業務課長が保管しているのですが、これを入れている鉄庫が地震で横倒しになって壊れ、取り出すことができませんでした。

 日銀の事務手続きは長年の歴史の中で磨かれています。こうした事態に備えて、支店長室にバックアップ用の印鑑簿を保管していたのです。

 ところが、このとき私は支店長室の鍵を持っていませんでした。震災対応でいろいろなミスを犯しましたが、これが最大のミスと言っても過言ではありません。ふだんは秘書が、私よりも早く出勤し鍵を開け、帰りは、鍵をかけて私よりも後に席を離れていたのでした。

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