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 水害から命を守るため、どのような心構えが必要か。東京都江戸川区は2019年5月にその解の1つを示した。11年ぶりに改訂した水害のハザードマップで、江東5区(墨田区、江東区、足立区、葛飾区、江戸川区)のほとんどが水没し、一部地域では洪水や高潮によって「最大で10m以上の深い浸水」が発生したり、「1~2週間以上浸水」が続いたりする可能性があることを公表。ハザードマップの表紙に「ここにいてはダメです」と明記したのだ。水害による命の危険性をストレートに伝えた江戸川区の決断は大きな反響を呼んだ。

 このハザードマップを監修したのが東京大学大学院情報学環の片田敏孝特任教授。厳しい言葉をあえて使った真意は、「近年の広域化、激甚化する水害に備えるには、行政ばかりに防災を頼るのではなく、一人ひとりが自主的に避難する必要性を説くためだった」と言う。片田特任教授にこれからの水害対策について聞いた。

今回の「令和2年7月豪雨」は梅雨前線の停滞が影響して広い範囲に激しい降雨をもたらしました。このところ毎年のように発生する豪雨災害の原因はどこにあるのでしょうか。

片田敏孝(かただ・としたか)氏
東京大学大学院情報学環特任教授。1960年、岐阜県生まれ。90年、豊橋技術科学大学大学院博士課程修了。2005年に群馬大学工学部建設工学科教授。17年から現職。日本災害情報学会の会長や内閣府中央防災会議「災害時の避難に関する専門調査会」委員、国土交通省「水害ハザードマップ検討委員会」委員長などを務める

片田敏孝・東京大学大学院情報学環特任教授(以下、片田氏):地球温暖化に伴う気温の上昇によって太平洋やインド洋で水蒸気量が増加しています。季節風(モンスーン)によって高温多湿な空気の流れが形成され、日本にも極めて多量の水蒸気が恒常的に流れ込み続けている。その構造が尋常ではない雨量をもたらしているのです。

 2017年は「平成29年7月九州北部豪雨」、18年は西日本豪雨と呼ばれた「平成30年7月豪雨」、19年は「令和元年東日本台風(台風19号)」が発生しました。毎回、「想定外の豪雨」となり、過去の穏やかだった気候を基準とした豪雨防災は既に破綻しました。「根本から命を守る避難を考え直さなければならない状況になった」と日本全体が気づかなければいけない。

教訓に基づく対処だけでは「想定外」に

 日本の防災は行政が主導してきました。行政による不断の努力は必要ですが、これまで100だった対処能力を105に増やしても最近の豪雨に対応できません。私は行政と議論を続けてきました。国も自治体も失敗を反省し、対応策を積み上げる真摯な取り組みが続いています。

 しかし、反省と改善を繰り返す「PDCAサイクル」による防災強化が時代にそぐわなくなっています。教訓に基づく対処は否定しませんが、近年は、前の被災の反省を踏まえて作成したマニュアルを超える豪雨災害が発生する。そして対処不能に陥ったとき、行政は「想定外の事態だった」と思考停止に陥ってしまうのです。