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 「ビール絶頂期に、畑違いにも見える医薬に投資するという『英断』を下した先人たちに、心から感謝している」。6月下旬、キリンホールディングス(HD)経営企画部長の吉村透留常務執行役員(健康戦略担当)は、過去に思いをはせこう語った。

キリンホールディングス経営企画部長の吉村透留常務執行役員(健康戦略担当)(写真=菊池一郎)

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛が長期にわたり、飲食店向けの業務用ビールの売り上げが激減した。5月の販売数量は、主に家庭で飲まれる第3のビールが前年同月比で1割増えたものの、業務用ビールの減少を補いきれず、ビール類全体で同約1割減少した。

 緊急事態宣言の解除以降も、新型コロナ感染者が増加の兆しを見せており、居酒屋など“夜の街”需要が思うように回復しない。ある居酒屋大手のトップは、「通常通りの営業ができるようになっても、既存店売上高はコロナ以前の7割程度にしか戻らないだろう」と厳しい面持ちを崩さない。

 ビール大手の中では家庭用商品の比率が高いキリンだが、新型コロナは業績に大きな打撃を与えた。2020年1~6月期決算では、通期業績予想の下方修正を余儀なくされる可能性がある。ただ、吉村氏の表情からは悲壮感は読み取れない。

「3本の矢」で危機を耐え抜く

 キリンには、酒類・飲料に加えて「医薬」と、健康食品などの「ヘルスサイエンス」という「3本の矢」(吉村氏)があるからだ。

 20年1~3月期はコロナ禍の序盤だったが国内酒類事業の売上収益は前年同期比4%余り減少した。だが、国内酒類事業の半分強の規模を誇る医薬事業の売上収益が同約2%増で業績を下支えした。免疫力を高めるとされるプラズマ乳酸菌を使用した商品も、1~5月の売上高が前年同期の2倍以上に達している。19年12月期通期では、協和キリンを核とする医薬事業の事業利益は、飲料のキリンビバレッジの2倍以上で、主力のキリンビールにも迫る。

 国内は少子高齢化や若者の嗜好の変化で業界全体のビール類の販売数量が19年まで15年連続で減少している。世界保健機関(WHO)はアルコールの過剰摂取による健康被害を問題視しており、今後はたばこに次いで規制強化の流れが世界的に強まる。コロナ禍で消費者の健康意識も従来より格段に高まった。こうした市場環境の激変に直面しても、「矢が3本あるから、折れずに済む」と吉村氏は考える。

酒類・飲料、健康素材、医薬品の3つの収益の柱で市場の激変を乗り切る。3月の定時株主総会では、医薬・健康事業の売却を求める英投資会社の株主提案を退けた