味の素の西井孝明社長は、小粒だがイノベーションの力を持ったライバルたちの出現を注視している。米ケロッグの前CEOから、米国ではシリアルの周辺領域に1年間で500の会社が登場しているという話を聞いたという(味の素・西井社長、食品産業はDXで変わった)。商品のアイデアさえ持っていれば、製造は外部に委託し、オンラインで販売やマーケティングもできる。西井社長は「デジタル革命で小さな会社でも挑戦できるようになった」と話す。

スタートアップや1人メイカーからの、小ロットの生産を請け負う企業が現れている(写真は中国・深圳で小ロットの生産も受託するジェネシスホールディングスの工場。4回目に登場する)

 連結売上高1兆円の味の素も注目する、”小さな会社”。米国では20年近く前から、こうした会社や、個人の作り手の存在が「メイカー」という呼称で認識され、製造業の潮流の1つとなっている。

 従来もDIYを楽しむ人やクラフト作家のような作り手はいたが、コンピューターと接続した3Dプリンターなどを活用することで、新たに金型をつくるといった「追加コストをかけずに、多様性や複雑さ、柔軟性を実現できるようになった」(小林茂・情報科学芸術大学院大学教授)。この点が従来のものづくりとの決定的な違いだ。

 3Dプリンターの低価格化や、低価格のコンピューター基板「Arduino(アルデュイーノ)」など、電子工作を容易にする部品の登場、クラウドファンディングの出現などによって、製造や流通にかかるコストは劇的に下がり、たとえ1人でも製造業に挑戦できるようになった。⽶国では、3Dプリンターやレーザーカッターなどの⼯作機械を利⽤できる会費制⼯房などが⽣まれ、メイカームーブメントと呼ばれる動きを支えてきた。

 日本でも、2012年に米ワイアード誌の元編集長、クリス・アンダーソン氏の著書『メイカーズ』が発売されたのをきっかけに気運が高まった。米国と同じ様にデジタル工作機械を備えた工房が開設されるなど、メイカーを⽀える環境も広がった。

 コロナウイルス禍で、同じ場所に多くの人が集まって働く会社の存在意義も問われている。新たなモノを生み出す技術や意欲を持つ人が、会社に留まっていてはそれができないと判断したり、会社に頼らない生き方をしたいと考えたりするケースは増えていくだろう。

 ただ、起業の実態は厳しい。3Dプリンターで試作品は作れても、量産になると小ロットでの生産に協力してくれる工場は多くない。晴れて量産化できても、次の事業の柱となる製品を生み出せず、“一発屋”で終わってしまう企業もある。デジタル工作機械を置いた工房の中には、閉鎖するところも出てきた。メイカームーブメントはこのまま消えていくのだろうか。

 本連載では、厳しい環境の中で10年間生き残っていたり、海外で展開していたりする、いくつもの「1人メイカー」を取材した。家電や文房具、アパレルなど業界は違うが、こうした起業家たちの軌跡は、メイカーが生き残り、成長を続けるためのヒントになるはずだ。

 「ニッチだけれども、コアなファンがいる」。今回取材した1人メイカーの製品に共通している特徴だ。消費が多様化する時代、こうした製品のニーズは高まっていくだろう。こだわりの製品、自分が好きな製品を買いたいという消費者のニーズが高まるなか、次世代ものづくりのヒントを探る。

■連載ラインアップ
・副業1500日、携行ホワイトボードへの執念が生んだヒット(6月23日公開予定)
・“老舗”1人メイカーが10年生き残る理由(6月24日公開予定)
・職人の輪が生んだバッグ、1人の工房からパリ百貨店へ(6月25日公開予定)
・「20ロットの生産も応じる」 広がる起業家支援のエコシステム(6月26日公開予定)
(タイトル・内容や記事公開日は変更する可能性があります)

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