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 JR京浜東北線蒲田駅から歩いて15分ほど、東京都大田区の住宅街の中にひっそりとたたずむのは、金型メーカーの「城南村田」だ。

 お世辞にも、立派な本社、最新鋭の工場設備とは言えない。年間売上高は2億円ほど。浮き沈みありながら何とかここまでやってきたが、この町工場にも、年明けから世界中に吹き荒れる新型コロナウイルスの感染拡大の猛威がいや応なく襲いかかり、そして今なお傷口をえぐる。

町工場にも容赦なく襲いかかる新型コロナ

 青沼隆宏社長は表向き、この町工場の3代目だが、1949年の創業当初とは本業は様変わりした。日本経済がバブル崩壊の後遺症に悩んでいた2000年前後、米国の会計事務所に勤めていたが、急きょ帰国。もともと父が営んでいた紙問屋がすぐにでも倒れそうだったからだ。

 金融機関などと話し合いながら、再生計画を徹底的に練り上げ、合理化を図り、役員だった親族も経営から退いてもらった。そして、生き残っていくための新たな稼ぎ頭として選んだのが、後継者不足に悩んでいた都内の別の金型製造会社。事業を買い取り、本業も紙卸から転換した。「苦しい時代を経験しているから、情より数字を優先する経営でした。少なくともコロナが起こる前までは……」。青沼氏はこう振り返る。

 デパ地下やテーマパークに行けば、お土産用・ギフト用のチョコレートやクッキーなどを目にする機会は多いだろう。それらの箱や缶の中の土台となる、プラスチック製のトレーの金型、時にトレーそのものを製造・販売するのが城南村田の役割だ。

 東京ディズニーリゾートをはじめ、コロナ禍で全国各地のテーマパークが相次いで休業に陥り、百貨店からも多くの客が消えた現実は承知の通りだ。悪しき波は町工場にも当然訪れ、注文は激減。3~4月で少なくとも売り上げは3割以上減ったといい、例年春先に集中する試作品の依頼も手で数えられるぐらいにまで落ち込んだ。急激な落ち込みに耐え切れず、同業他社の中には廃業を決めた所もある。2008年秋のリーマン・ショック時とは異なり、中長期的にあまりにも先の見えない状況に「廃業の2文字もちらついた」(青沼氏)という。