世界的な販売不振で業績が落ち込む日産自動車。内田誠社長兼CEO(最高経営責任者)を中心とする新たな体制で巻き返しを図るが、懸念されるのが、会社を離れる若手が増えていることだ。何が彼らの心離れを誘うのか。最近日産を辞めた人らに集まってもらい、問題点などを聞いた。

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出席者
Aさん 30代、R&D部門、昨年退社。勤続10年以上
Bさん 30代、本社部門、今年退社。勤続5年以上
Cさん 20代、営業部門、今年退社。勤続5年以下
Dさん 30代、新規事業部門、今年退社。勤続5年以下

(写真:FangXiaNuo / Getty Images)

皆さんは最近まで日産に在籍していました。なぜ辞めたのでしょうか。

A:純粋に大きなチャレンジができていないと感じたためです。エンジニアとして焦りが募り、社内を変えることもできないと思ったので退社を決めました。

B:私も10年近く日産に勤務してきました。新規事業などに携わってきましたが、特に最近は新たなプロジェクトが少なくなっていて……。どうせなら若いうちに幅広く製造業を経験したいと思いました。

C:そうそう。とにかく仕事に広がりがなかった。私も短期的な視点の業務が多いと感じていましたね。

D:私も技術系ですが、業績不振で予算が大幅に削減されたのがきっかけです。進めていた事業を継続できず、新しいものを出せない窮屈さを感じたため、新天地を求めました。

日産はどのような特徴を持つ会社でしたか。

B:ダイバーシティ(多様性)はありますね。国籍を含めていろんなタイプの人がいて、いろんなアイデアが出てきます。集約するのは大変で、意思決定が遅いという側面はありましたが、議論の幅は広いので、可能性は感じていました。

A:経営状況によって方針がコロコロと変わっていたのが印象的ですね。決算が苦しくなると動いている案件が一度止まる。また動き出すのですが、これが積み重なることで、開発に遅れを来すことがよくありました。

C:私は本社の経理部門が強過ぎると常々感じていました。あと、各地域の意向が本社に伝わらないことも問題だったと思います。稼げる地域が稼げる車種を優先的にもらえるので、日本で車を売っていると苦しかったですね。

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