ミスコピーを起こすモルヌピラビル、紙詰まりを起こすアビガン

:モルヌピラビルの作用機序、効く理屈をもうちょっと細かく言いますと、RNAは4つの塩基(A=アデニン、G=グアニン、C=シトシン、U=ウラシル)の組み合わせでできているんですが、モルヌピラビルはこの中にはまり込むんです。いわば「M」という、意味のない記号が組み込まれることで、タンパク質ができなくなる、または意味不明なタンパク質に変わる。人工的に突然変異をたくさん起こすようなものです。遺伝情報がきれいに処理できなくなって、いくら複製しても役に立たないゲノムしかできず、そこからタンパク質も作れない。このため、ウイルスの増殖が止まるわけです。コピーエラーを起こして崩壊するというので、このメカニズムについては「エラーカタストロフ」という、ちょっとかっこいい名前が付いています。

―― かっこいいですが、中二病っぽいかも……。

:これに対してアビガン、レムデシビルは、「チェーンターミネーター」といって、ひとつながりで作られるRNAを、伸びていく途中で止めてしまう効果を持っています。

―― ミスコピーをわんさか起こさせるのがモルヌピラビル、紙詰まりでコピーを止めてしまうのがアビガン、レムデシビル、という感じでしょうか。同じRdRpの機能を妨害するにしても、やり方に差はあるわけですね。

:そして、そもそもウイルスごとに異なるRdRpとうまくくっつくかどうか、という問題もあります。アビガンはインフルエンザのRdRpとの相性はいいけれど、新型コロナではあまりうまくくっついていない、ということかもしれません。

―― この他にも、最近になって治療薬の動きがいくつも出てきたようですね。

:別の狙いを持った薬としては、「プロテアーゼ」というタンパク質を処理する酵素を邪魔する薬、新型コロナウイルスに対しては「3CLプロテアーゼ阻害薬」というのがあります。猫の伝染性腹膜炎(猫のコロナウイルス感染症)の治療薬として研究されていたものです。ファイザーや塩野義製薬が第3相試験中で、こちらもモルヌピラビル同様、軽症者への飲み薬として開発中ですね。

―― こちらはRdRp狙いじゃないんだ。どんなメカニズムなんですか。

:プロテアーゼというのは、タンパク質を分解する酵素です。新型コロナは、最初にリボゾームでRdRpを作ると申し上げましたが、実は、リボゾームは新型コロナウイルスが持ち込んだRNAから、一本の巨大なペプチド(アミノ酸が鎖状に繋がったもの)の鎖(ポリプロテイン、ポリタンパク)を作るんですね。そして、そのタンパク質の中に3CLプロテアーゼという、いわばハサミ、ニッパーのような酵素がありまして、これがちょきちょきと、パーツごとに分割するんです。

―― パーツといいますと?

:RdRpやそれ以外の酵素、そして先ほど申し上げた、N、S、M、Eタンパクをはじめとする、ウイルスの形を作るタンパク質の設計図(-鎖mRNA)などですね。それらが別々のパーツとしてそろって、初めてRdRpは作業を開始できる。

―― プラモデルとニッパーみたいな関係ですね。巨大なタンパク質から、ウイルスの製造装置やパーツを切り出すニッパーが3CLプロテアーゼ。そのニッパーの切れ味を悪くして、プラモを作れないようにする薬だと。

:そういうことでしょうね。

世の中はそんなに単純ではない(笑)

―― さて、お答えはだいたい予想できますが、RdRp狙いと3CLプロテアーゼ狙い、どちらの薬が効きそうでしょうか。

:全然分かりません。これはやってみないことには。

―― あ、やっぱり(笑)。

:例えば、RdRpを狙うHIVの薬は、単体でそれなりに効く薬が出ているんですけど、結局、今やっているのはプロテアーゼ阻害薬などと混ぜて、3種類なり4種類を投与して確実にウイルスの増殖を抑える、という治療法です。HIVは慢性ウイルス性疾患なので急性のCOVID-19とはちょっと話が違うところはあるんですけれども、とにかく耐性が出ないように、確実に効かせるためにこういったことをやっている。

―― どれが効くかよりも、まず確実に息の根を止めて、生き延びて耐性を持つウイルスが残らないようにするのが最優先。

:そもそも、「in vivo(生体内で、という意味。 in vitro と対になる概念)」でその薬がどこに一番効くか、どういう成績が出るかというのは in vitro のデータだけではなかなか分からないところがあって、動物実験やヒトでの試験でやってみないと何とも言えないです。作用するメカニズムとか、理論から予測されることなんて、実は屁の突っ張りみたいなもので、実証しないと何も分からない。

―― 理屈としてはあるけれど、どのくらい、どんなふうに効くかの予測は難しいと。

:世の中、そんなに単純じゃないです。

――  世の中(笑)。

:結局どれも実証してみなければ分からない上に、さらに複雑なこともあって、臨床試験では単剤での研究しかしないんですけど、実際に運用されるようになったら、例えば複数の薬が出てくれば、「混ぜて飲んだらどうなるか」という話が絶対出てくるわけですよ。

―― そうか。それはそうですね。治験をやっているときに別の薬も使ったら、どの薬が効いているか分からないですもんね。

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