:そう、mRNAワクチンは、新型コロナの「スパイクタンパク質の情報」だけを持ち込んで、リボゾームに作らせるということですね。

―― 新型コロナの場合は、持ってきた自分のゲノムRNAを侵入した細胞のリボゾームに翻訳させて増やすのではないんですか。なんとなくそう思い込んでいましたが。

:翻訳というのはタンパク質を作る、というプロセスです。細胞のリボゾームに作らせるのは確かにタンパク質です。一方、ゲノム情報については「自分複製マシン」みたいなものを使うんですね。それがRdRpを中心とする複合体です。

―― リボゾームに作らせるタンパク質が、RdRpなんかになるってことですか。

:そうです。

―― そのRdRpが、ゲノムRNAを作ると。

:普通、生物はDNAを鋳型としてRNAを作って、そこからDNAを複製するんですが、新型コロナウイルスはRdRpを中心とする複合体をまず準備し、それによってRNAからRNAをコピーして増やします。

―― へええ……。ああ、だからDNAなしで増えることができるのか。

:はい。持ち込んだRNAの情報を元にしてRdRpなどをまず作り、このRdRpが、新しく作り出す新型コロナウイルス(娘ウイルスと言います)の中に入るゲノムRNA、そしてその他の、ウイルスを作るのに必要なタンパク質(サブゲノムRNA)用のmRNAを作り出します。

―― そのmRNAで、リボゾームがウイルスの部品に当たるタンパク質を作るわけですね。具体的には?

:ゲノムRNAを包むヌクレオカプシド(Nタンパク)や、表面に突き出しているスパイクタンパク質(Sタンパク)、膜タンパク質(Mタンパク)、全体を包むエンベロープタンパク質(Eタンパク)、などなどですね。20種類以上あります。このうちNタンパクなどは皆さんおなじみになった抗原検査で検出する対象にもなります。

新型コロナは細胞内で「自分コピー機」をまず作る

―― なるほど。改めてまとめると、「自分の本体(ゲノムRNA)とパーツの元となるRNAを複製するためのマシン」がRdRpで、これをまず、ヒトの細胞のリボゾームを使って作らせる。言い換えると、RdRpがちゃんと動かなければ、ウイルスの侵入を許しても増殖はできない。

:そうです。「このRdRpの酵素を動かないようにする機能を持つ分子がある薬ならば、おそらく効くだろう」ということですね。同じ狙いで開発中の薬としては、ロシュ(日本では中外製薬)の「AT-527」などもあります。

―― 狙い所としては手堅い。

:はい。HIVというAIDS(エイズ)を起こすウイルス、そしてインフルエンザのウイルスもそれぞれのRdRpを使うので、すでにここを狙ったタイプの薬が存在し、実際に使用されて実績も出ています。ならば新型コロナウイルスに対しても有効な可能性が高い、ということで、いくつもの既存の薬が試されています。

 が、試験管内(イン・ビトロ in vitro)では効いても効果が実証できたものはこれまでなかったわけです。

―― あらら、試験管の中と実際の生物では反応が違う、という。

:試験管の中と、動物実験と、そして人間とではそれぞれ結果が違う、それは薬学の世界での“常識”ですので、試験管段階ではあまり過大な期待をしてはいけません。

 そんな中で注目されたのが「レムデシビル」、これはエボラウイルスの治療薬として、すでに開発がほぼ完了していた薬です。ヒトへの投与経験もあったということでこれをやってみたら、熱が出る期間がちょっと短くなり、重症化率がちょっと下がった。めちゃめちゃ効くわけじゃないけど確かに効果はあるということで、やらないよりはやったほうがいいだろうという判断が下され、日本でも特例承認されました。米国でも使われています。

アビガンと狙いは似ているのに

―― すみません、例の「アビガン」、あれも経口薬ですし、確か狙いも同じような薬ではなかったですか? 

:その通りです。アビガンも核酸アナログで、RdRpの機能を阻害することを期待されました。インフルエンザ治療薬として開発されたものですね。一般名「ファビピラビル」。残念ながらしっかりしたRCT(ランダム化比較試験)がなかなかできなかったり、出てきた結果もあまり芳しくなく、認可は出ていません。

―― 厚生労働省が、アビガンの実用化支援のため14億7400万円を、第3相試験(大規模なRCT)を準備中の開発メーカー、富士フイルム富山化学に補助すると決めた、という報道がありました(2021年10月14日、北日本新聞)。それはともかく、なぜ同じ狙いでもアビガンはてこずり、モルヌピラビルはうまくいったのでしょうか。

:そこは何とも言えないところがあります。薬の開発というのはこういうもので、うまくいくモノもあれば、うまくいかないモノもある。それが原則であり現実なんですよ。

 もともとメルクはこのモルヌピラビルを、重症のCOVID-19患者向けに開発していて、第2相試験、つまり限られた範囲での臨床試験=ヒトでの試験までやったんですけど、どうもあまり効かないということが分かった。そこで、重症の治療薬としての用途を諦め、軽症、中等症の人が重症化するのを防ぐためのお薬として、開発を継続したのですよね。

―― すんなりとうまくいったのではないと。でもアビガンだって、軽症、中等症向けだったように記憶しておりますが。

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