―― 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の飲み薬が登場する、と話題になっています。今まで、それこそ山ほど「治療薬」の話題が出てきました。今度こそ効くのか、そんなにアテにしないほうがいいのか、米在住のウイルス免疫学の研究者であり、病理医・薬剤師でもある峰宗太郎先生の印象をお聞きしたいのですが。

峰 宗太郎先生(以下、峰):発表されたのは米メルクの「モルヌピラビル」の最終段階試験の暫定報告ですね。発表は会社がリリースしたもので、まだ論文や最終報告は出ていませんが、10月11日にはFDA(米国食品医薬品局)に対して緊急使用許可を求める申請をしています。暫定報告によると、試験結果は期待が持てるもので、このような効果がありそうな経口薬(飲み薬)の登場は新型コロナ対策、特に治療にとって強力な援軍になるでしょう。と、割と普通のことしか言えませんけど(笑)。

モルヌピラビル(Merck Sharp & Dohme Corp/Abaca/アフロ)
モルヌピラビル(Merck Sharp & Dohme Corp/Abaca/アフロ)

―― 米ファイザーや米モデルナの「メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」もそうでしたけれど、この手の薬は「いきなり」登場したように見えて、「これが効く」と言われてもなあ……という気持ちは、背景を知らない我々にはどうしてもあるんですよね。

:それはそうでしょうね。

―― そして「治療薬があるなら、ワクチンはいらないのでは」という疑問も。

:なるほど。それはちょっと勉強してみたほうがいいかもしれません。例によって長くなりますが、基本のキからいってみますか。

―― お願いします。

:モルヌピラビルは、もともとはインフルエンザなどの治療薬として使うことが想定される抗ウイルス薬として開発が始まったものです。メルクの第3相試験の中間解析結果(こちら)によると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発症から5日以内(米国の基準での軽度~中等度)の患者775人で行った試験において、プラセボ(偽薬)の投与後に入院した患者が14.1%、死亡8人に対し、モルヌピラビルを投与した後に入院した患者は7.3%、死亡0人という結果が得られています。発症初期の患者が入院に至るリスクが半減し、死亡するリスクも大きく減るとして、FDAに緊急使用許可(EUA)を申請した、という発表でした。

―― ちなみに、この患者さんたちはワクチンは?

:接種していなかったとのことです。

―― モルヌピラビルはどのように効くのでしょうか。

:モルヌピラビルは「核酸アナログ(リボヌクレオシド類似体)」の一種です。ウイルスのゲノムRNAのコピーを邪魔したりエラーを起こすというカテゴリーの薬ですね。

―― あの、つまんないこと聞いていいですか。核酸はDNAとかRNAですよね。生命の遺伝情報の。「アナログ」とは何のことでしょうか。アナログと聞くと、デジタルデータとの対比の、レコードとかカセットが頭に浮かぶんですが。

RNAの要素の「類似品」でウイルスの増殖を妨害

:はい、ここで言うアナログはデジタルと対比するアナログではなくて、本来の語意、「類似の」という意味です。ウイルスのDNAやRNAの要素を類似品で模倣して、コピー時にエラーを起こさせる、ということですね。

―― あっ、比喩のことを「アナロジー」とか言いますね。ウイルスの核酸のニセもの、類似品ってことか。それで核酸アナログ。

:そうそう。

―― で、コピーエラーというのは。

:核酸アナログは、新型コロナウイルスの「RdRp」、すなわち「RNA-dependent RNA polymerase(RNA依存性RNAポリメラーゼ)」の機能を妨害することで、ウイルスの増殖を抑えます。ですので「RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬」とも呼ばれます。

―― なんですか、その堂々巡りみたいな名前……。さっき「RNAのコピーにエラーを起こさせる」とおっしゃいましたが、そもそもRdRpってなんですか。

:ウイルスが細胞に入り込んだ後、自分のRNAをコピーして増やすための装置、みたいなものです。装置といっても、実際にはもちろん酵素(生体内外の化学反応の触媒=自らは変化せず反応を加速させる=として機能するタンパク質)ですけれど。

―― コピー機みたいなものですか。ええと……じゃ、その装置、RdRpはどうやって細胞の中に持ち込むんですか。「ウイルスは自分のRNA(ゲノムRNA)だけを持っている存在」、と記憶しているんですけれど。

:厳密に言うともうちょっと複雑でして、これがウイルスの「面白い」ところです。ウイルスにもいろいろなタイプがあるので、ここからは新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)についての話として聞いてください。

 新型コロナは、ヒトの細胞の中に入って自分の運んできたRNAを「リボゾーム(リボソーム)」と呼ばれる小粒子に渡します。リボゾームは、ウイルスのRNAをメッセンジャーRNAとして受け取り、情報を読み取って、タンパク質の合成=「翻訳」を行います。

―― はい。ここまではファイザーやモデルナのmRNAワクチンがやっていることと同じですか?

続きを読む 2/5 新型コロナは細胞内で「自分コピー機」をまず作る

この記事はシリーズ「編集Yの「話が長くてすみません」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。