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編集Y:新型コロナワクチンのお話を伺ってきたのですが、最後に、いまだに消えない「PCR検査」についての議論を整理しておこうと思います。端的に言うと「希望者に無制限に検査を受けられるようにせよ」という主張について、です。なぜかというと、ここが一番、専門家と一般の人との間の間に「理解の壁」を感じるところだからです。お付き合いいただけますか。

:はい。まず、自分が感じるところをお話ししますと、重要なのは「検査『回数』を増やす」という言葉の意味ではないかな、と。

編集Y:意味。

:第一波が来たときは、「陽性が疑われる」人に対しても、診断を確定するためのPCR検査の数が足りなかった。これは大問題で、こういう「検査の回数を増やす」ことは私も含めて、医療関係者は大賛成だったんですよね。

 問題は「感染している可能性とは関係なく、希望者に受けさせる」ために回数を増やそう、という主張です。特に、検査前確率(感染している可能性、「事前確率」とも言う)の低い無症状者にまで広げて検査を行う、そういう体制を作るのは物理的に無理ですし、理路が立たない。

編集Y:そこで第1回から第3回までで、そこそこ頑張って「無症状の人に検査しても意味がないどころか、不要な負荷がかかって医療システムにダメージが行ったりするよ」と説明したつもりだったのですが、「希望者が無制限に検査を受けられるようにすべきだ」という声はなかなか衰えません。

 主張の根拠はどこにあるのか。自分なりに、希望者への無制限の検査を求めるロジックを整理してみました。

  • PCR検査の数が伸びない背景には感染症分野の専門家が検査拡大に慎重なことがある。

  • 慎重なのは、感染者の増大がパニックを呼び医療崩壊を起こすことを恐れているからだ。

  • そして専門家は、PCR検査の精度(PCR検査の場合は「陽性患者の3割を見逃し、陰性の人の1%程度を陽性と誤認してしまう」とされる)に疑念を持ち、偽陽性患者への責任問題への恐れも抱いている。

:なるほど。

「希望者無制限検査」の主張、4つの理由

編集Y:この「専門家に存在する検査拡大への『抵抗感』」は、言い方はともかく、事実その通りですよね。で、「希望者無制限」派の方の主張はこんな感じに展開します。

1・精度の問題は、複数回検査を行えば大きく改善する
2・感染の可能性の高い人に対して検査を行う「クラスター作戦」は、専門家の使命感・職人芸に頼るもので、感染拡大の中では「もぐらたたき」になっている
3・これだけ感染が拡大すれば、感染者はもはやどこに潜んでいるか分からない。網羅的に早期発見すべきだ
4・欧米が実施している希望者全数検査を検討せよ。年数兆円を投じても国民に「安心感」を与え、経済が回復するなら安いものだ。

 と。あけすけに言えば、「専門家が目先のリスクを恐れて果断な行動を取れないから、希望者全数検査が行えず、感染拡大が止まらない」という認識が、主張を支えているように思うんです。

:まず、1の「複数回検査すればいいじゃないか」という話ですけれど、偽陰性になりやすい検体……というか、偽陰性になりやすい人は、もう1回やっても偽陰性になりやすいんですよね。ここら辺は複数回やれば多少感度などが改善するかもしれませんが、100%になるとかそういうことではないんです。

編集Y:へえ。確率的には意味がありそうな気がしますけれど。

:ウイルスに感染した人は、体の中のどこかでウイルスが増えているわけです。検査で綿棒を突っ込むのは鼻の奥ですし、最近の唾液検査では、口腔(こうくう)内と咽頭の一部からでてくるものを反映している。そこにたまたま「ウイルスが少ない」という人がいたら、これは偽陰性になりやすいわけです。肺で増えている状況だけだと喉の付近には少ない、そういうことはあり得ますからね。

編集Y:なるほど。そして回数を増やしても、「鼻や喉の奥にウイルスが少ない」状況は変わらない……ということですか?

:そう。なので同時に2回やっても、やっぱりこの人は偽陰性になりやすい。

 Yさんが言われたように、純粋に確率の問題と考えて、「検査で見逃す確率が3割あるとしても、2回目でその3割のうちの7割がヒットするだろう、繰り返していけば全部見つかるだろう」と想定、というか、まぁ、勘違いしている人が多いと思うんですね。でも、それはそうはならないんです。実際には明確に陰性は陰性、偽陰性は偽陰性のままであることだってたくさんある。

編集Y:ゆえに「1・精度の問題は、複数回検査を行えば大きく改善する」は明確に誤りだと。

:「複数回やろう」と言う方は、PCR検査の実地についての考え方がちょっと偏り過ぎていると思います。

編集Y:複数回やってもまったく無意味なんですか。感度は上がらない?

:上がる可能性がゼロとは言いません。でも、それでかえって判定困難になることが多いんですよ。

複数回検査の結果が「陰性・陽性・陰性」、さあ、どうする?

編集Y:回数を増やすと、かえって判定困難になるんですか、どうして?

:例えばある人が3回検査するじゃないですか。「陰性」「陽性」「陰性」になったら、どれを信じます?

編集Y:え!? ……陽性かな。

:どうしてですか、それは偽陽性の可能性もあるんですよ。

編集Y:そうなんですけど、最悪の可能性を取っておこうかな、みたいな。

:ですよね。しかしそうすると、陽性と判定されたその人は隔離されてしまうわけですよ。感染してないのに、感染した人と同じ部屋に隔離されたりしたら、そこで感染してしまう可能性があるわけです。感染を広げるリスク、人権がないがしろにされるリスク、どっちも取れないですよね。つまり正しいかどうか分からない。……まぁそういうわけで検査結果に価値判断を入れて、どちらかに傾かせるとか、もしくは回答不能になることもあるんです。

編集Y:うむむ……。偽陽性、偽陰性の問題は以前それなりに丁寧におうかがいしておりまして(専門家に根掘り葉掘り!新型コロナの薬・ワクチン・検査)、「可能性の低い人に、感度の低い検査をするとこんな弊害があるよ」と説明しました。今回は、そもそも「感染症の検査とはどういうものなのか」という方向からアプローチができないかと。

:いいですね。

編集Y:思いつきなんですけどね、この状況って、インフルエンザとか、ほかのウイルスに対する検査ではどうなんでしょうか。例えば、インフルの場合は「希望者全数検査ができている」わけでしょうか?

:それはちょっと面白い視点です。インフルエンザウイルスの臨床の現場では、ほとんどの場合は「迅速抗原検査」を行います。抗原検査は、まず検査の精度というか、感度(陽性の人に対して、正しく「陽性」の結果が出せる確率)に関しては、今、行われている新型コロナウイルスに対するPCR検査ぐらいなものなんですね。

編集Y:そうなんですか。

【おさらい:感染症の病原体検査関連の用語】

感度:その検査によって陽性の人(感染者)が正しく陽性だと判断される割合
新型コロナのPCR検査の感度はおおむね70%程度とされる
感度70%ならば、本当は陽性の人が100人いるうち、30人を陰性と判断してしまう、ということ

特異度:その検査によって陰性の人(非感染者)が正しく陰性だと判断される割合
新型コロナのPCR検査の特異度は99%以上100%未満とされる
特異度99%ならば、本当は陰性の人が100人いるうちの1人を陽性と判断してしまう(偽陽性)ということ

PCR検査:体液等サンプル中のウイルスのDNA(RNAならばDNAに変換する)を、PCR(Polymerase Chain Reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)によって増幅、検出する検査
ウイルス由来DNAがあれば微少量からでも検出できるが、技術と時間がかかる
新型コロナに対する感度は70~80%、特異度は99~100%未満

抗原検査:体液中のウイルス本体を検出する検査
PCR検査より簡便だが、検出にはウイルスの量が必要になる
感度は50~80%、特異度はPCRよりやや低い程度

抗体検査:ウイルスに対応して人体が産生した抗体を血液から検出する検査
過去の感染履歴を調べるために使う。現在感染しているかどうかには使いにくい
感度はやや低い、特異度はこれらの検査中では一番低い