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編集Y:ワクチンが「効く」って、もっとかみ砕くとどういうことなんでしょうか。私は「効くワクチンができそう」と言われると、「そのワクチンを接種すれば感染しない」ことだとシンプルに感じるんですけど……。

 ここまでのお話から、「まあ、100%感染しない、ってことはないんだろう」とは思うんですよ。だけど「効く、というからには、9割は効くよね」という期待もあるんです。

峰 宗太郎先生(以下、峰):なるほど。

編集Y:峰先生が「かなり効くと思います」っておっしゃった場合は、例えば5割、7割、9割のうちのどれぐらいの認識なんでしょうか。

:面白いというか、いい質問ですね。深読みすると、つまりYさんは「効く」という言葉の意味が、専門家と一般社会で違うんじゃないかと予想しているんですよね。

編集Y:はい、そういうことです。

:じゃ、そもそもですが、インフルエンザワクチンって効くと思いますか。

編集Y:そう来ると思って実はネットで予習しました。「3割から8割程度、発症を阻止したり、死亡を減らしたりすることができる」そうです。あのですね、これって効くと言うべきなのか、効かないものなのか、ちょっとばらつき過ぎじゃないですか、と(笑)。

:いやいや、そうなんですが、それを皆さんが効くと取るか効かないと取るかの問題なんですよね。

編集Y:それじゃ「効くのか」と聞かれたら、「その人による」としか言いようがないと?

:インフルエンザワクチンってある意味でワクチンの「劣等生」みたいなところがあるんですけれども、重症化予防効果というのは確かに持っているんです。一方で、インフルエンザにかからなくなる、という感染予防効果は結構危なっかしいレベルなんですね。

編集Y:うーん、重症化を抑えるのもありがたいけれど、「ワクチン」と聞くと「感染予防」のほうをつい期待しちゃうなあ。「打てば、かからないで済む」みたいな。

:残念ながら、新型コロナウイルス(以下新型コロナ)のワクチンも、インフルエンザワクチンと同じ傾向になってしまう可能性はありますね。

編集Y:WHO(世界保健機関)が、「望ましい有効性は少なくとも70%、最低でも50%以上」という見解を示した、とされていますが(日経バイオテク2020年7月27日号)、有効性って、どっちのことを言っているんでしょう。

:これはどちらとも言えないし、おそらくどちらだとは言っていないと思います。そもそも、効果を評価する方法が一つではないので、なにをもって割合で話せるのか今の時点ではよく分からないですよね。

抗体価は上がった。その効果はまだ分からない

:というのは、現状ですでに、大型哺乳類、つまり猿での実験でも、いくつかのワクチン候補を注射すると、猿の免疫系が反応していることが確かめられました。血液中の抗体価が上がり、実際にウイルスに感染するかどうかの実験を行ったところ、感染予防効果まであることが分かっているんです。

編集Y:抗体価、というのは?

:ウイルス(抗原)の侵入で免疫系が反応して、抗原と戦う「抗体」が作られる。その抗体の量のことです。

 免疫グロブリンの中の抗体、なかでも特定の病原体に特異的に反応する抗体(できれば中和抗体。病原体の生物学的な悪影響を「中和」することからこう呼ばれる)の量が増えれば、免疫系が作動したことが分かる。特異的に反応する抗体をたくさん作り出せるようになる、というのは免疫が反応して、「免疫がついた」ということを確認する一つの方法です。

 現状、ヒトでのテストでは、抗体価が上がることまで確認されています。コロナに感染し、治癒しつつある患者の抗体価を上回る場合もあるので、これは「効く」可能性が高い。ただ、重要なのは「どのくらの抗体価があれば感染を防げたり、重症化を抑えられるか」「免疫の記憶(前回参照)はどのくらい持つのか」については、まだ分かっていない。

編集Y:試した人がいないから、ですね。

:ですので、「生物学的に、哺乳類において『防御能』を得られるという実験結果がある」とまでしか、まだ言えないんです。私も「効く可能性が高い」という言い方はしていますが、「ヒトで効くということが分かった」とはまだ言っていないし、言えない(笑)。

編集Y:あー、そうでしたか。普通の人が聞くときは「ヒトに効くのか」しか考えていませんから「効きます」と言われたら、「自分も含めてヒトに効く」と思っちゃいますよね。専門家の人は「動物実験では効いた」ということも含めて使うのか。おまけに、効き方のレベルもいろいろだ、と。

:ヒトで効くかどうかは、効果、安全性、いずれも「臨床試験の結果が出るまでは何も言えない」が正しい。いま注目されている核酸ワクチンやベクターワクチン(前回参照)について言えば、「テクノロジーの根幹に使われている仮説が正しいことは、まず間違いないだろう」という状況にはなった。

 なので、今まである意味机上の空論(動物実験までは実証あり)だったものが、ヒトも含む実験レベルで証明されつつある。ということで道筋が見えてきた。ここまでの結果から外挿すると「効く」ところまでいくんじゃないか。そんな思いが自分の中で強くなってきた。これは「以前よりは楽観に傾いた」ということなのですね。

編集Y:ただし、「ヒト」に「効く」度合いについてや効き方については、今なにか確信を持って語ることは無理で、仮説と実験結果から「効くんじゃないか」くらいまでが限界だと。

:はい、そういうことですね。

核酸ワクチンは戦力になるのか?

編集Y:なるほど。うーん、前に、我々はコロナと籠城戦を戦っていて、籠城というのは具体的には、3密(密閉、密集、密接)回避やうがい、手洗いの励行といった「新しい生活習慣」の維持なんですけれど、もう嫌気がさしている。たぶん大丈夫だから外に打って出よう(マスクしないでカラオケやっちゃおう)的な気持ちが、籠城戦のストレスから高まっている。そんな例え話を申し上げました。

:ええ。そしてかなたに見える援軍、ワクチンが立てる砂煙が見えてきたか、と(笑)。

編集Y:はい、ワクチンの開発が急速に進んでいることで、城内は「あとちょっとで解放される!」という希望が広がりだしたように思うんですが、しかし、核酸ワクチンやベクターワクチンの現状をお聞きすると、これ、どのくらい戦力になるんだろう、そもそも城内に入れて大丈夫なのか=健康な人に接種して副作用はないのか、という心配があるわけですよね。

:あ、ワクチンの場合は「副反応」と言います。

編集Y:訂正します。援軍と期待される新しいワクチンは、副反応の恐れがあることが心配です。

:それはその通りだと思います。希望の光が見えてくることは、籠城戦を続ける上ではとても望ましいことだと思いますけれど、イケイケどんどん、で大歓迎するのはまだ早い気はします。

 その意味で期待しているのは、前回ご説明した伝統的・オーディナリーなワクチンの中の、不活性化ワクチンや成分ワクチンの開発が、速度については核酸ワクチンなどに比べればゆっくりですが進んでいることです(成分ワクチンについては国内では塩野義製薬、国立感染研究所)。これは年内に臨床試験入りするそうです。それから中国でも不活化ワクチンの開発が走っていますよね(中国医薬集団=シノファーム傘下の「中国生物技術(CNBG)」が、第三相の臨床試験をペルーで開始したと発表)。

(図の制作:峰宗太郎)

編集Y:これ(上図)が従来のワクチン開発スケジュールと、現状との比較ですか。10倍速で進む大きな理由は、治験(テスト)期間の短縮なんですね(参考:「治験の3つのステップ」)。

:ワクチンの開発レース、特に核酸ワクチンの場合は「どこが最初にワクチンを開発するか」という、科学大国ぶりを見せつける効果を狙っているところもあるように思います。言わせてもらえば「スプートニクと一緒」だと。一方で、不活化ワクチンや成分ワクチンが出てくれば、こっちは安全性や副反応については経験からおおむね「予測」ができるものなんですね。こちらが上市(販売)されるのは、来年の夏か秋になっちゃうと思うんですけれど……。

編集Y:ちなみにですが、核酸ワクチンやベクターワクチンの接種後、不活化ワクチンや成分ワクチンを併用することには、リスクはありそうなんでしょうか。あ、この冬にはインフルエンザのワクチン接種もありますね。ワクチンは、時差をおかずに打っても問題は原理的に起こらないんでしょうか。

:これは多分問題にはならないと思われます。ワクチンの同時接種や異時接種でもそれぞれのリスクは大して変わらないことは知られています。