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:どこかは知りません。知りませんというのは正確には研究者も分かっていないことがあり、また1種類の細胞とは限らないからです(笑)。

編集Y:うわー、そうなんですね。

:さらに。

編集Y:まだありますか!

:最近はドラッグ・デリバリー・システム(DDS)、薬を身体のどこにどのように届けるのかという技術がすごく発達しています。最も初歩的なものは例えば腸溶剤といって、普通、口からのみ込んだものは胃で溶けますけれども、そこでは溶けない細工をしてあって、腸まで行くと初めて溶けるんですね。さらには、特定の細胞に集まるように細工がしてあったりする。こういった技術進歩で、今までは体内の目的地に着くまでに分解されてしまったような大きな分子も、目的の細胞に届けることができるようになってきた。

 そうすると、遺伝子の設計図であるDNA(デオキシリボ核酸)だとか、DNAを転写して、具体的な指示書・命令書みたいな状況に書き換えたRNA(リボ核酸)、これらをまとめて「核酸」と言いますが、核酸自体を血液に打ち込めば細胞の中に入れられる、という技術ができてきたわけです。

編集Y:そうなると、もうウイルス(ベクター)の力を借りる必要もない。

:そうです。アデノウイルス使う必要、ないだろうと、もうDNA、なんならもっと話が早いRNAをそのまま打っちゃえと、そういう発想になってきたんですね。

 RNAならば、目的の細胞に入った瞬間にそれがタンパク質に翻訳されて、それでウイルスの成分ができちゃう。打ち込めば、もともとのウイルスに感染したのと同じような効果が得られるはずだというところまで、わずかこの20年で進歩したんですね。こうやって作られようとしているのが、今回のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン、DNAワクチン、まとめて「核酸ワクチン」になってくるわけです。

編集Y:ウイルスベクターワクチン(以下ベクターワクチン)、あるいは核酸ワクチンは、「人間の身体のタンパク質製造システムを使って、ウイルスの成分を作ろう」という点で、ウイルスやその一部を外から打ち込もうとする生ワクチンや不活化ワクチン、そして成分ワクチンの「ワクチン3兄弟」とは考え方が大きく違う。

:はい。そして、特に核酸ワクチンは、今までヒトには試されたことのないテクノロジーです。

編集Y:あれ? 遺伝子治療にはこの技術は使われていなかったんですか?

:遺伝子治療はほとんどがウイルスベクターを使ったものなんですね。核酸だけを打ち込む治療はいまだにヒトでは初になります。

編集Y:あ、そうか。

赤字で示しているのは遺伝子工学を利用した新しい世代のワクチン(図の制作:峰宗太郎)

:ここが大事なポイントなんですね。核酸ワクチンは動物実験ではうまくいっていて、しかも理論上は、うまくいくであろうこともよく分かっている。だけどヒトで試されたことがないから、実地上の問題点の洗い出しは全然これからでした。

 2019年、去年の秋ごろまでに核酸ワクチンについてのレビューがいくつも出ていまして「長い時間がかかるだろうけど、こういうワクチンもそのうち実現化されるよね」「明るい未来がそのうちやってくるよね」という内容だったんです。

編集Y:まあ、筋は悪くないし、いつかはできる、と。

:でも実現には10年か20年はかかるね、と思っていたのが、去年の秋ごろ。ところがここで新型コロナウイルスが来ちゃったんですね。

開発タイミングと需要がぴたり重なった

編集Y:核酸ワクチンは、新型コロナ以前はあまり注目されていなかったのでしょうか。

:実は、mRNAワクチン、DNAワクチンをヒト向けに作ってみようという試みは、「SARS(重症急性呼吸器症候群、2002年~)」や「MERS(中東呼吸器症候群、2012年~)」向けが最初だったといわれています。終息しつつあったり、症例数が少ないこともあって頓挫していたんですね。後で述べますけど違う理由もあるんですけれども、とにかくストップしていた。

 それがこの新型コロナウイルスの流行が起こったときに、「これはSARSコロナウイルスとそっくりなウイルスだから、今まで開発していた技術が応用できるぜ」ということで、ワクチンの研究者や、医薬品の企業が色めき立ったわけです。

編集Y:そりゃそうですね。しかし、開発自体の壁は高くないんですか。

:難しいか簡単かと聞かれたら、簡単です。DNAやRNAなんて今のテクノロジーをもってすれば、合成するのに一晩、かからないわけです。3時間仕事なんです。しかもどの部分を合成して体に作らせればいいかなんてことも、以前に比べれば格段に簡単に分かるわけです。ウイルスのどの部分がヒトの細胞に侵入する際に使われるか(=ヒトの免疫系がウイルスのどの部分に反応するか)が分かれば、そこだけ作ればいいわけですから(※1)。

(※1)ウイルスの表面には突起状のタンパク質(Sタンパク)があり、ヒトの細胞にあるタンパク質(受容体)と結合することで細胞内に侵入する。人間の身体の免疫系は、Sタンパクにくっつく「抗体」を生み出して、ウイルスと細胞との結合を妨げる。なお、抗体の効果は様々で、「抗体さえできれば感染しない」わけではないことに注意。

編集Y:えーっと、「ウイルスのタンパク質のどの部分が必要か」ということはすぐ分かるものでしょうか。

:今回はSARSの知見もあり、比較的すぐに判明しました。「Sタンパクの、ヒト細胞の受容体ACE2にくっつくところ」だと、あっという間に同定されています。

編集Y:体内で増やすほうはどうでしょう。

:従来の方法なら、どの酵母で作ればいいのか、大腸菌で作ればいいのか、精製法はどうなのか、といった製造や精製の工程がありましたが、それらはすべてすっ飛ばして、DNAなりRNAなりを合成したら、理屈の上ではあとはDDSを考えて加工して打つだけ、です。

編集Y:あとは打つだけ……って。そうか、核酸ワクチンやウイルスベクターを使ったワクチンは、いわば打った人の体を工場にするわけか。

:そうなんです。「ヒトの身体に作らせるだけ」とも言えるので、最適な設計図を打ち込めればいい、ということなんですよね。

 今回のワクチンの開発競争は、こんな状況下で始まりました。新しい技術でSARS、MERS対応を考えていた、RNA、DNA、およびウイルスベクター関連の研究所や会社がスタートダッシュをかけて、目立つのはそういうところばかりです。

編集Y:じゃ、ワクチン3兄弟の、「生」はともかく、不活化ワクチン、組替えワクチンはどうなっているんでしょう。

:やっているところはちゃんとやっているんです。ただやっぱり遅いんですね。今までのペースより速いとはいえ、テクノロジーの波に乗っていない分、遅い。ということで報道があまりされない、みんなも注目してくれない。

編集Y:なるほど。ワクチン開発の歴史をひもといていただくと、今の新型コロナワクチンの開発競争が違った目で見えてきますね。図らずも最先端の開発と需要がマッチした。オーソドックスなほうにはどうも注目が集まらない。ということはリソースも割かれていないのかもしれない。

 でも、遺伝子工学発祥のちょうど間に合いそうな新技術があること自体は、幸運、とは言えないんでしょうか。

効果には期待が持てるが、安全性に懸念

:第1の問題点はそこです。「あとは打つだけ」ですが、ヒトでどうなるかは打ってみるまで分からない、誰にも試されていないテクノロジーに、業界も全世界も前のめりになっている。最先端のエッジに全速力で突っ込んでいるという事実です。

 大きな希望があるとすれば、大量生産などが簡単である、テクノロジーとして原理はよく分かってきている、と、いかにも科学の進歩という面があります。デメリットはとにもかくにも安全性も効果もよく分かってないということです。はっきり言えばこれは新規の大規模な人体実験ですからね。社会的人体実験です。やむを得ないという部分ももちろんあります。社会がそれを求めているのだから、と。しかし、科学の視点から行けば、本来20年かけてもおかしくないくらいの検証を思い切りすっ飛ばしている。ワクチンを開発している会社が、言わずもがなの「安全性と個人の健康を最優先する」ことを、あえて声明として出したぐらい“イケイケどんどん”になっているのです(こちら)。

編集Y:では峰先生は、先行している核酸ワクチン、あるいはベクターワクチンには全体にネガティブですか?

:いえ、そんなことはありません。先月からいろいろなリポートが上がってきて、それを見て楽天的になりつつある面もあります。

 1つは、効果が実証されつつあることです。RNA系、DNA系、まとめて言うと「核酸ワクチン」は、今までは小動物、マウスぐらいの実験が多かったわけですけど、今回、核酸ワクチンを打った大型の猿などに実際にウイルスを振り掛けてみたところ、感染や症状が抑えられるというデータが出てきた。大型動物で効果があるなら、おそらくヒトでも効くだろう、という外挿ができるでしょう。

 さらにヒトに打った第1相の試験の結果からは、ヒトの体においても免疫がちゃんと反応することが分かりました。合わせて考えると、おそらく効くワクチンにはなり得るんだろうなということが見えた。これが大きい光明ですね。「効果」の期待値は「コンポーネントワクチンと同等なのでは」という予想が多いかと思います。

編集Y:ほおお。

:一方、安全性については、あまり報道されていませんけど結構、有害事象が出ています。発熱、頭痛などを含めると相当、出ています。普通だったらワクチンの治験が止まるぐらいのものも出ています。ここは激甘な「人が死ななければいいや」という基準になっているんですよ。

編集Y:あー……。

:あとは……まぁ副作用というか、反応で懸念されることとしては、「ADE」というものがあるんですね。「antibody dependent enhancement」、抗体依存性感染増強現象と言っているんですけど、ウイルスに抗体がくっつくことで感染や症状が促進される場合があるんです。

編集Y:ワクチンを打ってしまったことによって病気がより悪化するんですね。

:これは実例がありまして、デング熱のワクチンが失敗したんですね。ワクチンを打つと、デング熱に感染したときにかえって重症化するんですよ。

編集Y:まるで逆効果。

:そうです。これは動物実験段階ではSARSのワクチンでも起こっていたんです。以前ご説明したとおり、新型コロナはSARSとすごく似ているウイルスなので、ADEが起こってしまう可能性も指摘されています。今のところ新型コロナワクチンの動物実験では観測されていないんですけれども、半端な抗体ができるとそういうことが起こり得るので、ちゃんと調べていく必要があるんです。

 もし臨床試験でそういうことが報告されれば、注目する必要がある現象です。ことさら大きく取り上げるほどの確率では起こらないだろうと見てはいますが。

編集Y:うーむ。