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:この構図は感染症なども一緒で、結核やサルモネラとかならば、極端な話、病原体(細菌)を見て、それが増えないようにするお薬を見つければ、もうそれで勝っていた。ところが、ウイルスというのはヒトの体の細胞の中に入って初めて増えだすので、ウイルスだけをいくら見ていてもお薬って見つからないんです、絶対。

編集Y:ええっ。

:さらに、今回の新型コロナもそうなんですけれども、ウイルスと、ウイルスの増え方を見ているだけでもダメなことが分かってきました。その増えたウイルスに対してヒトの免疫が過剰な反応をしてしまうせいで、自分の体も傷つけてしまうことがある。

編集Y:ああ、そうなると免疫を知らないと研究が進まない。

:課題が複雑で、学問の領域をまたぐようになってくる。だから、自分の枠を出た問題意識がないと解けないようなものばかり残っていくんですね。専門分野が極端に専門化していくと、結局難しい問題が残っていくという。

編集Y:そうか。専門分野が細分化していくと、より高度な問題が解決できるような認識でいましたが、むしろ逆。手ごわい問題が残ってしまう、そういう面があると。

:そうなんです。手ごわいんですよね。

編集Y:専門分野の間に深い谷ができちゃって。

:そう。ただ、両方の谷がきれいにできてくると、両側からだんだん掘ることもできるようになってくるわけです。空白が広かったときはどうしようもなかったけれど、もう対岸が見えるくらいになってきたから。そういう意味では、谷があることが見えてくるということは、隣接分野が成熟しているということの証しではあるんですよね。

編集Y:なるほど、なるほど。そう考えれば希望の光も差してきますね。

:ノリノリで話しましたけど、なんだか、俺は大所高所から見ているんだ、みたいなイヤなヤツに思われそうなんですが……。

編集Y:そうですか?

:最初から大きな視点を持っているというよりは、実際に解かなければいけない問題が目の前にあって、それに答えようとしたら、ウイルスと免疫系両方にまたがる研究が必要になった。でも、先行例が少ない状態だから自分たちでやる、というのが本当のところだと思います。

 私のやっているヘルペスウイルス、「ヘルペスウイルス4型」、これは「エプスタイン・バー・ウイルス」、略してEBVという名前のウイルスなんですけど。

編集Y:峰先生の「俺のウイルス」ですね(笑)。

:はい(笑)。さっきも言いましたが、EBVは日本では人口の90%以上の人が感染しています。たぶんもうYさんも感染済みなんです。そしてずっと体内に潜伏している。ほとんどの方は免疫が抑え込んで共生しているんですね。

 ですけど、実はEBVってたまに胃がんを引き起こすんですね。それから上咽頭がんも起こします。悪性リンパ腫なんかも起こします。その確率は10万人に1人とかなんですけどね。9万9999人は免疫が抑え込んでいるんです。ところが1人の人は抑え込めないわけですね。「その差は何なんだ」というところがまずは研究のスタート地点になるわけです。

必要に迫られて生まれた学問

編集Y:具体的な、解決すべき問題が既にある。どうすれば答えが得られるんでしょう。

:まず当然ですが、EBVだけを見ていてもこれはまったく答えられないわけです。ウイルスは体内に入って、体内の組織や免疫系と相互作用を起こして、発症につながるわけですから。

 では免疫学だけで答えられるかというと、T細胞が、B細胞が、と仕組みを研究するだけではやはり回答にはつながらない。「感染したヒトにおいて免疫に関わる細胞が、EBVをどう抑えているか、または、いないか」という、こういう視点を新たに持つことで初めてこの問題を解きにかかれるわけです。

 そういう意味で、視点を最初に用意しておくというよりは、実際起こっている問題をとらえ直すことで学際的になっちゃっている分野がたまたまここだった、ということなんですよね。

編集Y:必要に迫られて道を探しているうちに、今まで踏み込む人がいなかった領域に突っ込んでいった人たち、というイメージですかね。

:そうですね。具体的な感染症の原因と治療法を考えているうちに、結果としてウイルス学と免疫学の橋渡しのようなことをやっているのが、バイラルイミュノロジー、とお考えいただければいいと思います。

 そうすると、この研究分野に非常に近い分野というのがワクチンになるんですよ。ワクチンというのは疑似的に病原体のようなものを作ってヒトの免疫を反応させるものですから、ヒトの身体が持っている免疫を応用するものですし、疑似的な病原体を作る面からは、ウイルス学の応用とも取れるんですよね。

編集Y:なるほど。

:私の研究はウイルス学と免疫学の両方にどっぷり浸かっている状態になっているんですが、実際、そういうことをやっている研究室というのはだいたいワクチンの開発をしています。

 なおかつ、私は臨床としては診断医、病理医なのですが、感染症の診断をずっと研究してきました。今回の「COVID-19(新型コロナに起因する感染症)」に際しても検査、診断、それから体の反応、ここまでは得意分野になるんですね。

 ただ、前回も申し上げましたが、治療の分野に入られるともうまったく分からないです。治療は従来の感染症研究・創薬研究をされていた方とか、臨床感染症の方のほうがもちろん詳しいですし、さらには、感染症モデリングとか社会の話になると私からは遠い分野の話になる。もちろん、お付き合いをいただいている研究者の方は何人もいますけれど、そこは完全に専門外です。

ワクチンの原理原則を歴史から学ぼう

編集Y:ここまでのお話で免疫やウイルス研究そのものへの興味が膨らんできましたが、涙をのんでこのくらいにしましょう。では、今回の主題、ワクチンのお話に進みたいと思います。

:ワクチンですね。これも本当に、原理原則から話すのが一番分かりやすいと思います。ワクチンって何のためのものかといったら……。

編集Y:身体に免疫力をつけるため?

:はい、それは言っちゃいけない言葉なんです。「免疫力」というのは自分の一番嫌いな言葉なんです。というのは、複雑な免疫システムを単純なものだと誤解させてしまうところもありますし、実際にはできないことをできるかのように誤認させます。「免疫力アップ」と言うと、いかにもそれらしいですが、実はこれはものすごく難しい。つまりある意味で「トンデモ」な文脈で使われることが、この言葉はすごく多いんですよね。

編集Y:「免疫力」と出てきたら、眉につばを付けるようにします。

:あまりに嫌いな言葉なので、1本コラムを書いてしまったことがあります(こちら)。と、まぁ言葉については置いておいて、ワクチンというのは、ヒトの身体に「免疫」をつけさせるための手段なんです。

 さて、そもそも「免疫」という言葉ですが、これは、「二度なし」から来ている。

編集Y:二度なし。

:「一度かかったもの(感染症)に二度はかからない」という現象ですね。

編集Y:そうか、そうか。

:ただし、これはかなり単純化されています。「二度かからない」ならば、年を取れば病気にかかることが少なくなりそうですが、そんなことはない。免疫機能は常にすべての細菌やウイルスに対してパーフェクトに機能するかと言えば、ほぼパーフェクトな場合もあれば、ダメダメなこともある。

編集Y:マルかバツかじゃないんですね。免疫ができても感染を防げないこともある。うーん、「年中無休」でも、年末年始はお休み、みたいな。

:言葉通りの「二度なし」ではないことを覚えておいてください。話を続けますね。

 さっきのRb遺伝子の話のように、仕組みが単純なものから研究が始まりました。天然痘や、麻疹(はしか)は、通常、一度かかると二度かからないことが知られていた。だから二度目を防ぐ何か、そういう仕組みがヒトの身体にはあるはずだという問題意識が生まれた。この「二度なしはなぜ生じるんだろう」という疑問が免疫学の起こりなんですよね。同時に、ワクチンの歴史でもあるわけです。ジョン・ハンターという有名な医者がいて、これはもう超有名な解剖医なんですけれども。

編集Y:『ドリトル先生』のモデルといわれている人ですよね(参考図書『決してマネしないでください』)。

:そうです。ジョン・ハンターは初めて歯を人に移植しようとしたなどエピソードの多い医者ですが、他の人間の歯ではうまく接着しないことを外科医として気づいていたようなんですね。こういう知見が積み重なって、「どうもヒトの身体には拒絶反応がある」ということも分かっていった。いろいろな医学的な実験を実地でしていた人だったんです。そして、ジョン・ハンターの弟子、エドワード・ジェンナーという人が出てきたわけです。

編集Y:出た、ジェンナー。種痘の父。

:ジェンナーは孤児院の子どもたちに種痘を打って、初めて天然痘が防げることを発見したわけです。このときは、まだ病原体は何か、は見えていないわけですから、当然「ワクチンを作ろう」と思っていたわけでもない。

 「一度天然痘にかかると、二度はかからない。ならば、天然痘(または似た病気)に人為的にかからせれば、二度なしで防げるんじゃないか」ということですね。ところが感染させてしまうと、重い病気にかかったり、死んでしまうリスクがあるわけです。実際、ジェンナーの時代には、天然痘患者の膿疱から取った液体を注射する人痘接種法が既にありましたが、重傷化する人や死者も出ました。

編集Y:ジェンナーは何を使ったんでしたっけ。