「最新の研究成果」は、不確実性のリスクとほぼ同意

:それもいい質問で、まず、抗体価と防御能は基本的に相関することがわかっています(コリレート・オブ・プロテクション)。同時に、閾値(いきち)という概念があります。ある量よりも抗体価が少なくなると明らかに感染しやすくなる。

 ただ、これは集団全体を見て、確率的にいえる話でもあって、個別の人については、抗体価が普通の1000倍あっても防御能が低い人はなぜかあり得るし、その逆もどうもある。

―― 集団としては数値化できるけれど、個人に完全に適用するのは難しいと。

:そして、閾値ですが、例えば風疹ならば「この人の抗体の量は閾値以下だから、再度ワクチン接種が必要」、というような数字がすでに存在します。しかしこれは、長年の接種と研究によって数値化できてきたわけで、新型コロナでは当然ながら、まだまだそこまで行っていません。

―― あ、だから全員にブースターショット(3回目の接種)、って話か。

:そうそう。数値化できていないけれど、そもそも個別の人の抗体価を調べる時間も手間もコストも惜しいし、もういちどワクチンを打てば防御能が上昇することは確実なんだから、全員やっとけばいいよね、という、感染防止という大目的のためにはとても合理的な発想です。

  話が長くなってしまいましたけれど、申し上げたいのは、研究分野は細分化していていろいろな視点・領域から成果は出てきます。そして、成果である論文は、基本的にはその分野の専門家が読むことを前提に書かれている、ということです。論文に出てくる数字も当然そうです。専門家はそれまで積み重ねてきた研究をベースに解釈する。そして、プレプリントはもちろん論文も、当然ながら間違っている可能性はあるし、間違えることはそもそも本質的な問題ではないんです。膨大な間違いの上に今の科学は成り立っているわけですから。

―― そう考えると「最新の研究成果」に「これが正解だ!」と飛びつくのはけっこうリスキー、ってことですか?

:そうです。エッジの情報、最新の研究発表などを鵜呑みにするのは、「不確実性のリスクを取る」ことと同じです。まして自分の専門分野でなければ、もうバクチと一緒でしょう。でも、「最新情報」が出ると、たちまちメディアとかタイムラインが荒れるんですよね。今までの常識は間違っていた!と。ヤフーニュースのトピックスが一番荒れるかな(笑)

―― ブン屋の端くれとして、「オレは最新情報を知っている、みんなは間違っている」と言いたくなる気持ちも分かりますが。ある種の正義感もあったり。

:いや、そういう人は「最凶ラムダ」とか、言ってみたいだけだと思いますよ。DOOMシーカーといって、「より悪いニュースを探す」人ですね。そこにキャッチーな見出しを立てて悦に入るわけです。

―― あ、でも正直、ちょっとそういうのやってみたいかもしれません……。

:それ、申しわけないけど愉快犯と同じです。時に正義感も入ったりしている分、たちが悪い。

―― うっ。

:専門家の間でコンセンサスとして共有されていないうちに、研究したことがない人が数字や情報に一喜一憂する。どうかすると対策を立てる人たちまでがこれに揺り動かされてしまう。この状況はとてもよろしくないです。「個別対策に振り回されて、目的を共有できなくなっている」ことにはいろいろな背景がありますが、これも大きな原因じゃないかな、と思いますね。

―― だから「基本に戻ろう」なんですね。

:1本の論文、1つの意見がそれまでの前提・基本を覆すことなんてことは、そうそう起こりません。突然現れたかのように思えるmRNAワクチンも、水面下でずっと研究が続けられてきたから間に合ったわけです。そして、こんな状況下でも、ちゃんとした専門家は、新説や新情報を説明する際に「で、基本は変わりません。3密回避とマスク手洗いうがいは有効です。お忘れなく」と付け加えます。つまらない、と感じるかもしれませんが、基本はそうそう変わらない。従って、続けるべきはまずは基本的なこと。それもまた「不都合な真実」のひとつなんです。

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