:そうです。どれが欠けても正しい理解はできませんが、どれか1つだけ見れば正しい判断ができる、というものでもないのです。

 最初の質問に戻ると、まず伝播性。これは各国からかなり有意なデータがまとまってきました。従来型よりデルタが優勢になり、相当伝播性が高いことが分かってきた。ただし、「従来の何倍」と数字で確実に言えるまでのコンセンサスはできていないと思います。疫学データからは、「2倍程度は確実」というところでしょう。データの前提、背景がばらばらだからです。

 病毒性の研究はまだプレプリントの段階が多く、「重症化する割合が明らかに大きくなった」とは言えますが、これも「何倍」とか「何%上昇」と数字で示せるまでのコンセンサスはありません。個々の数字はありますが、一般解を得るにはまだ時間がかかる。なので、数字にあまり振り回される必要はない。

―― では、ワクチンの効きについては?

:これについては申し上げたとおり、試験管の中で抗体と反応させて、効いた、効かない、の話をそのまま報じる例が多いのです。結論から言いますと、基本的にデルタにもワクチンは効いています。ファイザー、モデルナからアストラゼネカも含めて。

 デルタの話からはそれますが、ワクチンの接種から時間が経つとともに効果が落ちているのも間違いない。世界に先駆けて接種を開始したイスラエルのデータを見てみると、去年の12月から今年の1月ぐらいまでに打ち始めた人では、デルタウイルスの流行期において「感染」予防効果は30%台まで下がっているというものまで出てきている。4月ぐらいからの人は40%とか50%台に下がっていて、打って直後の方、打ち終わって「fully vaccinated」になった方は90%とか88%を保っている。一方で、重症感染予防効果は最初の頃に打った人も含めて全部90%台を保っているんです。でもまだ、「これが絶対的なコンセンサスだ」とまでいえません。

―― つまりどの分野にしてもコンセンサス、定説といっていいようなものはまだこれからだろう、ということですか。

:大きな状況は見えてきました。けれど、個別具体的にこれこれだよ、と、実証的に説明できる数字、解像度まではないですね。

 数字を出している論文やプレプリントはたくさんあり、それはそれで意義深いのですが、その「数字」は社会というかメディアがいちいち取り上げて騒ぐべきものではないと思います。例えば、「デルタは従来型より1000倍増える」とか言われたら、普通の人はどきっとするじゃないですか。

―― めっちゃどっきりします。

「1000倍」という数字の意味

:でも、本来そういう報告を読む人である研究者は「ふ~ん」です。対数グラフで目盛り3つ分ですから「まあ増えたな」となります。

―― えっ。

:ウイルスを相手にしている専門家の世界観はそんな感じです。研究者にならなければこの感覚は理解できないかもしれませんね。それなのにこういう数字が前提なしでぱっと出るので、「大変だ、今までより1000倍うつりやすくなるんですか!?」と、数字に振り回されるわけです。

―― えええ。

:ヒトの免疫系の話をしましょうか。同じワクチンを打っても、できる抗体(ウイルスの特定の部位にくっついて、細胞への侵入を妨害するタンパク質)の量が違うのは分かりますよね。

―― はい、「ヒトの身体の反応は複雑で、1+1=2にはめったにならない、基本的にやってみないと分からない」と、本を作るときに勉強させていただきましたので、そういうものなのかな、と。

:そうなんですよ。ワクチンでできる抗体の量のばらつきって人によって大きくて、1000倍くらい幅があったりしますからね。

―― えっ!? せいぜい2倍とか10倍とかかと思ってましたが。文字通り全然違うんですね。

:そうなんです。しかもですね、1000倍多く抗体ができた人は1000倍防御能力があるわけではないのです。だから、抗体が多ければ絶対感染しないかというと、そんなことはないんですよね。

―― もうわけが分からない……。いや、そうか、液性免疫(抗体)以外にもいろいろな免疫があるから。

:そうそう。よく思い出せましたね。例えば細胞性免疫(病原体に感染した細胞を攻撃する仕組み)が働いているので、抗体価(抗体の量)だけでは、実際の感染予防や発症予防の効果は、そう簡単に数値化できないんです。

―― これは新型コロナ以外でもそうなんですか?

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