:そうですね。すごく悩んで、お正月から1月までは本当にこのタイミングで最終回にしようと思っていたんですけど、(そのタイミングだと)やっぱり、自分の中で描きたいものがまだ残っているうちに終わらせないといけないことになるな、と。読者の方をお待たせする期間が2~3年もらえたら、私は『ハコヅメ』をきちんと終わらせられるかなと思っていて。その時間を頂いて、また誠意を尽くす、というのを自分の中では目標にしています。

―― 誠意という言葉を使われましたけど、自分にとってベストの状態で新作を描く機会を逃がすことは、自分の仕事に対しても、読者に対しても誠実ではない、そう感じていらっしゃるということでしょうか。

:『ハコヅメ』の読者の皆様には、置いてきぼりみたいな感じで本当に申しわけないと思っています。ですけれど、自分がマンガ家として今のタイミングを逃して、このまま『ハコヅメ』をあともうちょっと時間をかけて終わらせたときに、後悔が残らないかとなったら、「ああ、私はあのときに新しい作品を失敗しても描き始めていればよかった」と絶対後悔するなと思って、だったら読者の皆様の期待を裏切ってでも、自分を嫌いになるような道を選ぶのはやめよう、という気持ちです。

 だからもう、すごく人からは嫌われてもいい、仕方がないなと思っています。『ハコヅメ』を休んでまで描き始めた気合いの入った歴史物が、箸にも棒にも掛からないものだったら、SNSとかではすごくおもちゃにされるだろうなと覚悟しています。

―― そのリスクは避けられないかもしれません。

:でも、それもしょうがないなと。

―― それでも描きたいという。

:描かないといけないかなと思って。

―― すごいですね。

タブチ:ゴーサインを出した編集部のせいにしてくれてもいいです(笑)。

「同人誌でやりますから」「いやいや」

:もちろんそうなんですけど(笑)、実は私、最初、「これ、同人誌で出すから」ってタブチさんに言ったんですよ。

―― は、同人誌?!

:はい。だからその間は、しばらく『モーニング』に描かないです、みたいな感じで言ったんです。「これは同人誌で、自費出版になってでも描くつもりの話なので、付き合わなくていいですよ」と言ったんですけど、タブチさんが『モーニング』でと言うので、「じゃあ、描いてやろう」と思って。

タブチ:いや、いや、でもちゃんと売れると思って、信じていますよ。売れるという計算がなければ、踏み切らないです。

―― 計算。それでも、今、輪転機を回せばキャッシュが入ってくる作品を前にして、なかなかできる決断じゃないと思います。こうなったら2作同時……は無理にしても、ある程度並行して連載、ということはお考えになりませんでしたか。

タブチ:できたら理想的ですが、現実には難しいですね。

:『ハコヅメ』のネーム(マンガの下書きに相当)は、実は2カ月先の号が出来上がるペースで進行していたんです。

―― え、いつも締め切りの2カ月前に完成していたってことですか? 週刊連載で?!

タブチ:その通りです。

―― なんでまた。

:書籍でもお話ししたとおり、背景などはリモートでアシスタントの方にお願いしているわけですが、もしその方が、ご家庭の事情や、体調などでお仕事をお願いできないことがあっても、2カ月ネームに余裕があれば、対応ができるな、と思って。

―― はあ……。そこまでやっていたんですか。

:(自分が)心配性というのもあると思います。でも、時間さえあればたいていのことは何とかなるんですよね。解決策を思い付くので。「アシスタントさんに頼らず、絵をものすごくうまく描け」と言われたらできないけど、時間でスタッフさんを楽にすることなら私にもできると思って、ともかく、なるべく早く早くと。

―― そうか。何かあってもリカバリーできるぐらいのスケジュールを引いて、それを守ることで、リスクヘッジをかける。なるほど。それを複数の作品でやろうとしたら大変だ。いや、1作でもよくそこまでできるものですね。

:ただ、そうはいっても、自分で時計をひっくり返しちゃうときもあるんですけれどね。

―― 時計をひっくり返す?

そうはいっても徹夜だってある

:ここで頑張らないと、という仕事をしている夜中の仕事のときに時計を見ないようにするわけです。例えば、自分が2時間しか寝てないというのを知ってしまうと疲れちゃうじゃないですか。

―― あ、それは分かります。そういえば私も午前2時を回ったら寝る前に時計を見ないようにしてますね。

:そうですよね、そうなりますよね。

―― よくないなと思いつつも、「せめて心の中では健康でいたい」みたいなものがあって。

:夜中の仕事で時計はプレッシャーになってきますね、夜中の仕事って。責められているような、こんな時間まで仕事してって。

―― ありますよね。

:時計を見ないように。仕事が終わるか終わらないかが問題であって、自分が今何時に仕事をしているかというのを考えちゃいけない。そして、できれば、この仕事に関わる人に、こういう気持ちを味わわせないようにしたい、と。

―― だからこそできるだけリードタイムを用意する。そういう泰さんのお仕事の姿勢は、『仕事論』でもお話しになっていたとおり、仕事の速さ、レスポンスを大事にすることともつながっていると思います。一方で、クオリティーについては、泰さんは自分の中で、どんなモノサシをお持ちなんでしょうか。

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