―― はい。『ハコヅメ』は現在大ヒット、爆上げ中じゃないですか。『仕事論』の制作中に、帯に入れる部数の数字がほんの2カ月ほどの間に「400万部突破!」から「450万部突破!」に変わって、すげえ、と思っていたら、ちょっと前に500万部に伸びましたよね。
タブチ:はい、おかげさまで。
―― 『ハコヅメ』は文字通りうけに入っている。まだ休載前の最終回は読んでいませんけれど、一度で伏線を回収しきれるわけもない(ですよね?)。描くネタが切れるかも、という心配も、『仕事論』で伺った「驚異の妄想力」がある限り大丈夫でしょう。連載開始から5年、部数がガンガン伸びて、まいた種が爆発的な収穫期に入ったタイミングで、なぜ今、休載するのだろうと。これはビジネス誌の視点からも、興味深いところなのですが。
タブチ:泰さん、答えていただいていいですか。
誠意を尽くすには、自分が古くなる前に描き始めないと
泰:はい。これから始めるのは、「描かないと、マンガ家という仕事を終われない」作品だなと思っていまして、失敗するにしろどうにしろ、手を付けないと、私なりの仕事に対する誠意が尽くせないなと。
そして自分の年齢というか、気力というか、描くための力を考えたときに、あと10年間くらいの間には描きたい作品だ、と考えていまして。じゃあ、タイミング的には『ハコヅメ』のメディアミックスが落ち着いた今、こちらに取り掛からせていただきたいなというのが、正直な気持ちです。さっきファンの皆さんが「ライフワークにしないで」とおっしゃっていましたが、自分は、年齢が描いている人の感性に影響する、歳を重ねたことで作者の感性まで大人びてしまう、ということが、すごく残酷なことだと感じていまして。登場人物が話す言葉に、作者の年齢を感じさせるというのが一番読者を傷つけてしまうのではないか、と思っているんですね。
―― それは必ずしも年齢によるものではないかもしれませんよね。
泰:そうですね。おべっかを使うわけじゃないですけど、例えばマンガ家の島本和彦先生って、すごくお年は上なんですけど、書く言葉、書いている文章を読んだときに、若いというか、青年的、同時代的な印象を常に受けます。
―― ちなみに島本先生は1961年のお生まれですね、なるほど。
泰:言葉に年齢が出ないというのは、読者層がそのまま自分の年齢が高まるに従って広くなっていくということで、そういうタイプの方がすごくうらやましいんです。でも自分が、年齢が上がっていくにつれて、自分より若い年齢の感性がなくなっていくタイプの描き手だったときに、その状態で描きたくないなと思っていまして。
―― 年齢が作品に出るタイプだと自覚しているわけではなくて、そうだったらどうしようということで、今のうちにやっておこう、ということですか。
泰:そうですね。そして、これはたぶん、自分の努力で補えない部分じゃないかなという気がしていて。
―― ……そうかもしれませんね。
泰:うん。ふとしたセリフとかで、「あ、先生、年を取られたな」と思う瞬間というのは、できれば『ハコヅメ』についても新しい作品についても、読者に見せたくない部分なので、それでもあと10年はなんとか保つだろう、じゃ、その間にと決めて、どっちも描けるようにしたいと思っています。
―― 「今のマンガ家、今の作品」でありたい、ということでしょうか。
泰:今の自分の感覚で描きたい作品。その年齢になったら年齢になったで描ける作品も変わってくると思うので、それはそれでいいんですけど、『ハコヅメ』にしろ新しいものにしろ、これは今の自分で描きたいと考えている、ということですかね。
―― タブチさん、編集部としてはどうでしょう、なぜ今なのか。
タブチ:編集部としては、切り替えを結構延ばして、延ばして、そして今、という感じですかね。
―― そうだったんですね。
タブチ:うん。(新型)コロナ(禍)の前にこの話はしていたし。
―― 2020年よりも前、ということですか。
タブチ:はい。2年以上前ですよね。
泰:3年くらい前ですね。
「次のを出そうか」が「やめていいのか?」に
タブチ:3年くらい前から泰さんとは、そういう話をもうしていました。でも、そのときは「切り替えた方が売れるんじゃないか」という計算もあったんですけど。
―― 3年前。単行本でいうと5巻から10巻ですね。
タブチ:『ハコヅメ』は、ケンドーコバヤシさんをはじめ、マンガが好きな方にはしっかりご支持をいただいていたんですけれど、読者層が広かったか、というと。
―― でも、昨年の第66回小学館漫画賞一般向け部門受賞、そして夏からのテレビドラマ化で一気にメジャーになって。
タブチ:認知が拡がって、あっという間に部数が伸びました。
―― 例えば初版部数で言うと?
タブチ:ドラマ化直前の巻と、放映中の巻では倍近く増えています。
―― だったら「あれ? これ終わらせていいの?」みたいなことになりますよね。
タブチ:ちょっと怖いけど、でももうやるしかないなという感じですね。
―― ずけずけ聞いちゃいますけど、じゃあ、ここで本当に完結、という選択肢もあったのではないでしょうか。
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