あのモリナガさんがランドセルの絵本? 正直、ぴんとこなかった。頭に入りきらない複雑、精妙な、築地市場やスカイツリーの建設、土木現場などを、呑み込んで咀嚼してわかりやすく面白く説明してくれる、「ぼくらのモリナガ・ヨウ」が、なぜランドセル?
もうひとつ納得がいかないまま、やや重たい気分を抱えてインタビュー現場に到着した私。しかし、そこで始まったのは、「腕のいい職人」が新しい“お客さん”を発見し、未体験ゾーンの仕事を求められていることに興奮して「よし、目に物見せてやる」とばかりに踏み込んでいくにも似た、挑戦に溢れたエピソードの数々だった。大人たちの大人げない奮闘記、お楽しみください。(Y)
―― ごぶさたでした。モリナガさんの近況といえば、表紙を描いていらっしゃる土木学会誌、展覧会が開かれていますね、行ってきましたよ。
モリナガ・ヨウ(以下、モ):ありがとうございます。四谷の土木学会で6月いっぱいやっていただくみたいです(土木学会誌はこちら)。
モ:ということで、私の近況は毎月、土木学会誌の表紙に追われるのが基本なのですが、ようやくこちらの萩原さんのところから、4年がかりの絵本が出ました。
―― ご紹介が遅くなりましたが、萩原さんは大手の児童書出版社に長年勤務されて、モリナガさんの『図解絵本 東京スカイツリー』も担当された方ですね(関連記事→「スカイツリーで子供に見せよう、『オトナの仕事』」)。
萩原由美・めくるむ代表取締役(以下、萩):その節はお世話になりました。
―― はい、それでですね、今回の絵本『らんらんランドセル』なんですが、題材が「ランドセル」というところに大いに驚いたんです。どうしてランドセルなのか。日経ビジネス電子版読者がランドセルの絵本のお話を果たして読みたいのか、というか……。ランドセル自体、存在意義への疑問が呈されていたりもしますよね。そしてなにより、いつものモリナガさんの本と、今回の本はかなりテイストが違う気がします。
モ:はい、はい、そうですよね。
萩:わかります。
―― これはいったいどういうことで、こうなったんですか?
モ:順番からいくと、まあ、私、工場取材して物を見たりとか、実物を見たりとか、取材して書いていますから、そういう説明するような絵本っていっぱい作っているわけですよ。
―― そうですね。スカイツリー、築地市場、水族館、空港に高速道路、膨大な情報をわかりやすく整えて描く、モリナガスタイル。
みんながランドセルを自慢する
モ:今回のランドセルも、工場へ取材に行ったりもしたのですが、それとは別に小学生を集めていろいろ自慢してもらったんですね。
萩:自分のランドセルをね。
モ:2年生になったばっかりの。
萩:1年間ランドセルを持って、2年生になった新学期ぐらいでしたね。2年生を5人。
―― なるほど、なるほど。愛着も湧いて、自分のランドセルとして使いこなしているくらいの。
萩:そうです。
モ:「これはね、こうなっているんだよ」と、みんなすごく自慢してくれるんですよね。
―― えっ、ランドセルのどこを自慢するんですか。
子どもの目のよさをなめてはいけない
モ:そう思いますよね。ところが子どもは、大人より目がいいんでね。
―― 目がいい。
モ:うん。「ここの縫い目がね、僕のは色が違うんだよ」とかね。
―― え? ランドセルの縫い目なんて意識しているんですか。
モ:気にしているんですよ。
萩:やっぱりね、「自分のランドセル」なんですよね。それぞれの、自分のものなんですよ。そもそも、私たちのころのランドセルって赤と黒しかなくて。
―― なかったですね。
萩:もう誰がどれを持っても同じようなものでしたよね。
―― そうでしたよね。全員共通の文房具、くらいの印象だったかも。
萩:今は、すごく「自分のもの」になっている。
モ:「私のはここがハート形なの」とか、「このピンの色が僕は青いんだよ」「糸の色が」「縫い方が」とかね。
―― 糸、縫い方に目が行くんだ、へえー。
モ:その「物としてのすごさ」というものをやっぱり読者である子どもに伝えなきゃいかんなという。「説明」じゃなくてね。そういうときにはやっぱり電子媒体のディスプレイに表示される情報ではなくて、絵本という「物」があって、そこを舞台として、本気で、「ぴかぴかのランドセル」として伝えねばならない、という。
―― これ、絵なのによくこんなふうに柔らかい光沢感が出せますよね。
モ:すごいでしょ?
萩:この絵もすごいけど、印刷もすごいんですよね。
モ:そうなんですよ。
―― 印刷もすごいんだ。
モ:今回は紙の、印刷の力の凄みと、紙の可能性の高さ、広さを本当に感じましたね。
―― それを電子版の媒体でお話ししていただくという(笑)。
モ:確かに、面白い構図。
萩:そうか。
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